2005年07月31日

輝ける青春 イタリア版予告篇とメイキング

このページを観ていただいている方は、圧倒的に『輝ける青春』の情報を求めていらっしゃってる方が多いようです。
で、もともと私もこの映画をみてイタリア映画好きになってしまったので、この映画の情報をどんどん掲載していきたいと思います。

『輝ける青春』Trailer はこちら→予告編とはいえ、フィレンツェの洪水後の復旧作業のシーンだけ windows media playerのみ


『輝ける青春』making →いやいや、これまたフィレンツェばっかり。あのシーン本当にウフッツィ美術館前の広場でロケしたんですね。すごい
real player 版 はこちら 
windows media player 版 はこちら 

上記のリンクで開けなかった方はこちらのページの右のほうにあるTrailerとメイキングのところをクリックしてくださいね

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2005年07月26日

愛の果てへの旅 Le conseguenze dell’amore

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愛の果てへの旅

監督&脚本:パオロ・ソレンティーノPaolo Sorrentino
キャスト:トニー・セルヴィッロ Toni Servillo
     オリヴィエ・マニャーニ Olivia Magnani
     アドリアーノ・ジャンニーニ Adriano Giannini
2004年 100分

[あらすじ]
スイスのホテルで一人優雅に暮らしているティッタ・ディ・ジローラモ。彼は定期的にスーツケースに札束を詰め込んで銀行を訪れる。それ以外には何をしているかわからない謎の男。ある日、孤独に耐えかねた彼はホテルのバーで働く美しいウェイトレスに愛を告白する。一体なぜ彼はそのような暮らしをするようになったのか・・・。綿密に組み立てられた脚本、スタイリッシュな映像から目が離せない。

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怪しさ全開の写真

[レビュー]
2004年度イタリア映画界最高の賞、ダヴィオ・デ・ドラテッロ賞主要部門を独占した話題作。日本でもキネティックが配給し、おそらく来年2006年に公開予定。
ついに、イタリア映画にも新世代が登場したとワクワクしてくる作品である。
監督は1970年生まれですから。

冒頭、スカイウォークにのって、キャリーバックをもった男が近づいてくる。この間、1カットのロングショット。自分たちとは遠いところの話が、だんだん観ている私たち観客の中に近づいてきて、入りこんでくる。
この映画は途中までほとんど話が進行しない、ように見える。実はそう見えるだけで、観終わってから気がつくが、どのシーンも実はラストに明らかにされる結末へむけて巧妙に仕掛けが張り巡らされている。ラストに一気に動くストーリーの導入が3/4を占めるというべきか。

ちょっと退屈してしまいそうな展開をつなぐのが、登場人物たちの謎めいた行動であり、その描き方である。

極端にセリフを省くことによって、謎が謎を呼ぶ。ホテル住まいをしている一人の男の様子を追いかけていく過程で、その家族、バーで働く若い娘や、ポーカーを楽しむ老夫婦、お金を預けに行く銀行の行員が登場する。彼らがモザイクのかけらだとすると、ばらばらのかけらが、最後に組み立てられてひとつの画が完成する。

そして、出来上がった画は、静止画ではなく、命が吹き込まれて動き出す。そして最後の最後にはまたばらばらのかけらになって散らかってしまう。そんな順序で物語は進む。

ワケわかんないでしょうが、観ればわかります。

サスペンスでありながら、中年男の悲哀も浮かび上がらせる人間ドラマの側面もあり、乾いたユーモアもちりばめられている。そして全編スタイリッシュな映像で貫く感性も抜群。
ひとことでジャンル分けできない映画なのだ。

この映画はアートだろうか?違う。計算しつくした物語展開で、ラストに観客を驚かすプロットが見事で、今までのイタリア映画では観たことがないような気がする。子供のころからアメリカ映画を見て育った世代。娯楽と芸術の両立を当たり前のように見てきたアメリカンカルチャー世代の香りがするのだ。

気になったところといえば、若い娘に恋心を抱くという設定が、安易だったのではないか。また、その若い娘のとった行動と結果が、随分とセンチメンタルな展開だった。男を映画のラストの行動に走らせる動機づけを何にするか?逆算して考えると、彼女をああするしかなかったのか、という予想できる展開が唯一物足りなかった。

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イタリアの名女優アンナ・マニャーニの孫、オリヴィエ・マニャーニ

この監督は要注目である。

[採点]★★★★
 
[Award]
2004カンヌ映画祭コンペティションノミネート
2004 イタリア David di Donatello賞 
主演男優賞、作品賞、監督賞、撮影賞、脚本賞5部門受賞


[関連サイト]
「Le conseguenze dell’amore」公式サイト(イタリア語)予告編もあります
http://www.medusa.it/leconseguenzedellamore/
posted by マヤ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア映画祭2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月22日

ぼくは怖くない IO NON HO PAURA

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『ぼくは怖くない』 IO NON HO PAURA
監督 : ガブリエーレ・サルヴァトーレス
製作 : マウリツィオ・トッティ
脚本 : ニコロ・アンマニーティ
原作 : ニコロ・アンマニーティ
音楽 : エツィオ・ボッソ
出演 : ジュゼッペ・クリスティアーノ , マッティーア・ディ・ピエッロ , アイタナ・サンチェス=ギヨン , ディーノ・アップレーシャ
2003年 109分

[あらすじ]
1978年、のどかな南イタリアの片田舎、5軒の家からなる小さな村に住む10歳の少年・ミケーレは、ある日遊び場の廃屋で奇妙な穴を発見する。なんとそこにはミケーレと同じ年齢くらいの少年が閉じ込められていた・・・。

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[レビュー]
幼い少年の純粋な心を通して「ある事件」をミステリアスかつノスタルジックに綴ったドラマ。時間が止まったかのような麦畑で近所の子どもたちと楽しく遊ぶ少年。静かに穏やかに物語は進行する。
原作は、本作で脚本も手掛けているニコロ・アンマニーティがイタリアの文学賞を受賞した同名ベストセラー小説。
フィクションだが、似たようなことはイタリアでは実際におこっているという。
この映画の時代設定が78年であることは注意しておく必要がある。
この年はイタリア人にとっては忘れようとも忘れられない年であるからだ。
1978年はモロ首相誘拐暗殺事件がおこった年。
過去ログ参照
http://myvoyagetoitaly.seesaa.net/category/469497.html

70年代後半はイタリア混迷の時代だった。
モロ首相誘拐暗殺事件とこの映画は直接関係ない。
一方は政治的事件で、こちらの映画は貧富の差が引き起こす悲しく残酷な事件だからだ。

しかしこの映画のラストが意味するもの。
それは無垢なもの、純粋なものの死を意味する。
この映画も、現実におこった事件も後味が悪いという意味で、いまだにイタリアに重い影を落としているのだ。

[採点]★★★

[関連サイト]
ぼくは怖くない公式サイト http://www.albatros-film.com/movie/bokukowa/


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posted by マヤ at 22:26| Comment(0) | TrackBack(5) | イタリア映画レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月18日

私のことを覚えていて Ricordati di me

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私のことを覚えていて Ricordati di me

監督:ガブリエレ・ムッチーノ(Gabriele Muccino)

[あらすじ]   
現代ローマの中流より上の家庭の物語。父親はかつての恋人に再会して愛が再燃。家庭を捨てて恋におぼれてしまい、母親はそれを必死に食い止めようとする。兄は恋にもオクテな素朴な青年。妹は娘は上昇志向が強く有名になるために手段を選ばない野心家と、4人の家族模様を執拗に描写し、現代イタリア家族の崩壊を描く問題作。

[レビュー]
父親役のファブリツィオ・ベンティヴォッリョは、イタリアイチの伊達男だそうで、不倫のお相手がモニカ・ベルッチ。美しい。とはいえ、かなり照明でお肌をカバーしているようにもみえたが、彼女が相手で、もうお父さん全く何も見えなくなっちゃってます。
ムッチーノ監督の演出は「けれんみたっぷり」で、パーティ、ゲイが集まるクラブ、タレントオーディション、TV業界の裏側、母親のヒステリーなど、テンションが高い人のオンパレードです。

とくに父親と娘の暴走はすさまじく、お互い勝手なことをしているから、父親は娘を注意できない。この映画では家族を元に戻そうとするのは母親だけだ。普通なら一番傷つくのは子どもたちだと思うが、子どもたちすら、自分のことばかり考えて、親には口を出さない。

妻がふと漏らした一言「浮気をしたこともあったが、あまりにあぶなっかしい。帰るところがある、よりどころがあるという家族も悪くないと思った」というただそれだけのことしか、家族をつなぎとめるものはないのだろうか。

モニカ・ベルッチが演じた女性も夫と可愛い子供がいながら、家族を捨ててしまった。「愛に生きる」ことに寛容なイタリアだから、今はその選択が当たり前のことなのだろうか。

それとも、この映画はイタリアでもかなり論議を呼んで、賛否両論だったそうだから、イタリアの現状を知らないからなんともいえない。

私が一番面白かったのは、娘の恐ろしいまでの上昇志向である。サッカー好きならイタリア人のサッカー選手がTV番組で踊るダンサーたちと浮名を流しているニュースは一度ならず、「何度も」聞いたことがあると思う。(トッティの奥さんだって、ヴィエリの元GFだってダンサー出身)美しければとりあえず芸がなくてもTVに出演できて有名になれる。ダンサーといっても、バラエティ番組で余興のごとく踊ったりするのでダンサーというだけ。フリップをもってアシスタントをしたり、CFはこちらといってみたり、ただのお飾りみたいなもんです。

私のことを1.jpgこういう人たち

そのダンサーにあこがれるんだなあ、イタリアの若い子達は。しかもまあ、18歳なのに、この成熟ぶり!ニコレッタ・ロマノフが熱演してます。

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イタリア映画祭舞台挨拶で、ロマノフは、これが最初に撮影したシーンと話していた。
「一番最初に一番ハードな撮影だったので、後は楽に感じられた」とも。

彼女たちの最高のゴールが美貌を売り物にしてセレブと結婚すること、というなんとも保守的で短絡的な生き方を痛烈に批判してみせる。私はただ、そのあまりの自我の強さに恐れ入ったし、ダンサーたちの裏事情が、かなり誇張されているのだろうが、興味深かった。

イタリアサッカーゴシップが好きな方、おすすめ。

私の採点:★★★


[関連サイト]
Kodakサイトニュースリリースより
posted by マヤ at 21:49| Comment(13) | TrackBack(3) | イタリア映画祭2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

BAR(バール)に灯ともる頃 CHE ORA E?

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製作:1989年(93分)
監督:エットーレ・スコラ Ettore Scola
製作:マリオ・チェッキ・ゴーリ Mario Cecchi Gori /ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリVittrio Cecchi Gori
脚本:エットーレ・スコラ/ ベアトリーチェ・ラッウセァリョーリBeatrice Ravaglioli / シルヴィア・スコラ Silvia Scola
撮影 : Luciano Tovoli ルチアーノ・トヴォリ
音楽 : Armando Trovajoli アルマンド・トロバヨーリ

キャスト
マルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni)
マッシモ・トロイージ(Massimo Troisi)
アンヌ・パリロー(Anne Parillaud)

あらすじ
裕福な初老の弁護士が、兵役中の一人息子に会うためにローマから、小さな港町チヴィタヴェッキアにやってくる。
父親は仕事に追われろくに話すこともなかった息子ミケーレに、「お前と二人だけで話がしたかった」と言い、祖父の形見の懐中時計をプレゼントする。ミケーレは喜び、父子は揃って町を散策するが、ささいなことで喧嘩してしまう。
父は、ミケーレのなじみのBARの店主から、知らなかった息子の将来の計画を聞かされる。


レビュー
『特別な一日』の名匠エットレ・スーコラ監督による、これまたたった1日の物語。
『甘い生活』の後日談のようでもある。『甘い生活』には華やかなローマで活躍する息子(マルチェロ・マストロヤンニが演じた)の様子を見にくる父親のエピソードがあった。
本作では歳をとったマルチェロが、自分の息子を訪ねるのだ。なんと本作でもマルチェロは役名もマルチェロなのだ。
マルチェロはローマで活躍するやり手の弁護士であり、息子は兵役を田舎の港町で過ごしている。父親は息子を自分と同じく都会で働かせたいのだが、息子はそういう出世欲などには無縁の性格。そんな息子をみていて歯がゆく、心配でならない父親は、ああだこうだと息子の生き方に口をはさむ。
が、息子は息子なりに大人になっていた。


2人の会話によって物語が進行するのはスコラ監督お得意のパターンだ。
会話はイタリア人らしく饒舌だが、肝心なことは話していない。
一見なんてことのないやりとり、会話、行動、それらが個々に何を意味するかではなく、その総体が何かを語ることがあるのだ。
スコラの真骨頂ともいうべき、会話劇がここにはある。
これには役者の演技がものをいう。
マストロヤンニはこれだけたくさんの映画に出演していながら、この人ばっかりというマンネリを感じさせない驚くべき人だ。
それだけでなく、他の映画で演じた役とつなげて、より楽しみが広がる奇跡みたいな役者。

『イル・ポスティーノ』では病気でやせ衰えていたマッシモ・トロイージの元気な姿が見れるのも魅力。

ヨーロッパは役者のキャラクターを活かした演出をし、アメリカは演技メソッドによって違うキャラクターの人格になりきる演技をする。
私はヨーロッパ型のほうが好きです。

そして最後に音楽はトロバヨーリです!

採点:★★★+1/2 

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海外版のポスター 味があって素敵です



posted by マヤ at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | エットレ・スコーラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

ペイネ 愛の世界旅行 Le Tour du Monde des Amoureux de Peynet

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[あらすじ]
フランスの人気画家レイモン・ペイネの世界をアニメーションにして映画化。ヴァレンチノとヴァレンチナと名づけられた“恋人たち”が、天使と悪魔が門番となっている天国への扉をたたくところから二人の「愛の世界旅行」は始まる。そこで世界中を自由に旅行できる<ラブ・パスポート>を手に入れた二人は、あるときは気球に乗って、あるときは飛行機にのって世界を旅する。

製作:ブルーノ・パオリネッリ BRUNO PAOLINELLI
監督:チェザーレ・ペルフェット CESARE PERFETTO
テーマ曲:エンリオ・モルコーネ
音楽:アレッサンドロ・アレッサンドローニ
というイタリアスタッフの手により映画化された。
製作年:1974

[レビュー]
NHK-BSで夜中に放映していたのを偶然鑑賞。1968年に製作されたビートルズのイエローサブマリンの影響をかなりうけていると思われる。
また、ベトナム戦争&学生運動などで盛り上がっていた当時のラブ&ピースの風潮が映画に反映されていると考えるべき。サイケでポップな色あいは今見ても愛らしく全く古びていない。

この時代と現代を比べて相変わらず世界で紛争は絶えていないことに心を痛めてしまう。
が、その一方で
現代のように当たり前に世界中を旅することが、まだロマンティックな体験だったころの
まだ見ぬ世界をみたいという純粋な憧れと、国家や民族ごとの文化の違いがまだ残っていた時代へのノスタルジーのようなものも今みると感じたりする。
現代はどこの都市に行ってもたいして変わらない風景が待っているから。

日本の描写は中国ベトナムを足したつたないものだし、その一方でTVとどぎつい看板やネオンがその趣を破壊している矛盾するふたつの側面が描かれている。

それにしてもヴァレンティノとヴァレンティアはラブラブすぎて、世界を旅行しながら、お互いしかみてないんじゃないか?
ヴァレンティナちゃん、ミニスカートが短すぎてパンツみえちゃってます。(白!)
途中からパンチラ(死語)が気になってあまりほかの記憶がないのだが、ある意味、愛(エロス)こそすべて!という力強いメッセージが隠されているんじゃないかと勘ぐったりしてしまった。

でも世界中を旅行した後「本当の愛は見つからなかった」という衝撃的な台詞が待っていた。
このアニメーションはがんばって最後までみてください。厳しい台詞が待ってますから。


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posted by マヤ at 10:56| Comment(6) | TrackBack(3) | イタリア映画レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

マヤ・サンサ maya sansa

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1975年9月25日イタリアローマ生まれ、
イラン人の父親とイタリア人の母親のもとで生まれる。といってもマヤはローマで母親に育てられ、最初に父親に会ったのは15歳のとき。(imdbより)

『夜よこんにちは』に出演のマヤサンサは最初18歳のときイタリアからイギリスBlightyにやってきた。彼女はずっとイタリアを出て行こうと思っていたという。
「当時のイタリアはかなり低迷していて、新しいものがまったく生まれてこない状況だったから、94年だったけど。生まれた土地を後にして、しばらくのあいだ新しい文化に触れて、向き合って、別の言葉を覚えるのって、私にとってはとても大事なことだった。」
まず3ケ月間ケンブリッジの語学学校でみっちり英語をおぼえて、ロンドンへ行った。それからGuildhallにある演劇学校に通うまでの1年以上は7人が同居するねずみが住み着くような家に住み、映画館の案内係として働き、『レザボアドッグス』『イル・ポスティーノ』『マディソン郡の橋』などを何度も鑑賞、英語のスキルアップもはかった上でGuildhall演劇学校に入学を果たす。そこではオーランドブルームがクラスメートだった。
そしてイタリアの伝説の映画監督マルコ・ベロッキオが『乳母』に起用する女優を求めていたとき、彼女を呼び寄せた。(カメラテスト後、半年してやっと呼び出されたという)
それ以後サンサの生活は激変し、次世代の期待の星として賞賛されることになったのだ。
(BBC.CO.UKの記事と2004年イタリア映画祭パンフをあわせて再構成)


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デビューしたばっかりのころ おや?


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99年カンヌでの写真 なんだか垢抜けない

トリビア 1)2000年ヨーロッパフィルムプロモーションから、期待の星のひとりに選ばれている。
トリビア 2)オーランド・ブルームと友達だった!(スクープ!)

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イタリアのサイトKatawebのインタビューで、マヤが語ったところによると、彼女はオーランドの友達だという。
Kataweb:オーランド・ブルームはロンドンで私たちにあなたが親友だって話してくれたわ
Maya Sansa:そーなの。オーランドと私はとても仲良し。私たちは特別な時間を共有したわ。ロード・オブ・ザ・リングのセットに1カ月も見学に行ってたの
彼が親友のために飛行機のチケットを確保してくれてね。
今彼はとっても波にのっている俳優だし、なかなか連絡がつかないのよ。私がマルタに電話したとき、彼はもうメキシコに行ってたり。
でも彼はロンドンに美しい家を購入したって言ってたわ。そこで会えればいいんだけどね。
http://www.orlandomultimedia.net/ News April 10, 2004 ニュースより


Italian Vanity Fairの記事
イタリアの女優マヤ・サンサがオーランドとの友情について語っている
彼らはGuildhall Schoolで出会い、すぐ友達になった
オーランドは彼女と同じくタバコもすわないし、酒も飲まない(多少は飲むでしょうけど)
彼らはすぐ親しくなって一緒に講演を散歩したり、プールに行ったりした。
彼がLOTRの撮影をしているとき、ニュージーランドまで尋ねて息、NZを旅行し、バンジージャンプもした
オーランドはよいとも阿智であるし、友情において優しさがすき、そしてほかの人々の話をきく心の広さをもっている
彼は有名になっても変わらないし、成功が彼を変えたりもしていない。
http://www.theorlandobloomfiles.com/  2004.5月newsより

うーんなんかこれオーランドのファンページみたいですが。。。
マヤとオーランドがクラスメートってことは、鴻上尚史さんはマヤのクラスメートってことですかぁ?


2001年に『乳母』で来日したときは、失礼ですがやぼったり感じだったのに、それから4年。今年2005年のイタリア映画祭にまた
来日してくれたマヤ・サンサ。垢抜けて女らしくキレイになりましたねー。
でも笑顔がすてきなことは変わらず。
サインもしてくれたのですが、サインの後、私の目をまっすぐみてあの笑顔でぐらっちぇと言ってくれたときには
「なんて感じのよい女性!」とすっかり大ファンになってしまいました。
彼女の笑顔をみてるとこっちまで明るくなるんですよねえ。
といってもただ天真爛漫なだけでなく、男顔っていうのか、意思の強さを感じさせる小さくても強くてパンチのある
エネルギーにあふれた女性であることろが魅力です。賢さも感じます。
英語もできるって知ってたら、イタリア語よりはまだなんとかカタコトでも話せばよかった・・と悔やまれます。
その英語力をいかして、これからはイタリアだけでなく、英語圏の映画でも活躍すると思います。
次回作はイギリス=イタリア合作の『The listening』、モニカ・ベルッチとはキャラがかぶらないので、現代的なイタリア女優としてどんどん飛躍してほしいです。

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2003ヴェネチア映画祭 ルイジ・ロカーショと このふたりは『夜よ、こんにちは』『輝ける青春』で共演。仕事での充実ぶりが自信になって顔に表れてきましたね。このふたりは共演者として相性がよい、お似合いだと思います。画面でもしっくりくる。


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2004ヴェネチア映画祭 ステファノ・アッコルシと 『愛はふたたび』で共演。
posted by マヤ at 13:38| Comment(2) | TrackBack(2) | 大好きマヤ・サンサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

ルイジ・ロカーショ Luigi Lo Cascio

ルイジ.jpgルイジ・ロカーショ Luigi Lo Cascio

1967年10月20日パレルモ生まれ。
大学で精神科医になるべく医学を学んでいたが、在学中から演劇に目覚める。
パレルモで街頭演劇集団(a group of street actors)の一員として活動。
1989年にゴトーを待ちながらに端役で出演。カンパニーとともにイタリアを巡業した。
ついに大学を中退。ローマに行き
"Silvio D'Amico" Academy of Dramatic Arts. に入学
舞台で重要な役を演じる機会が徐々に増え、2000年映画「Cento passi, I (2000)」で主役を演じる。
これは彼の叔父 Luigi Maria Burruano(「輝ける青春」では父親役で出演)の推薦もあった。
この演技でthe David di Donatello 賞主演男優賞を受賞。
その後『ペッピーノの百歩』でも好演し、『輝ける青春』へ出演。

とりびあ 彼は4人兄弟らしい・・・・(だからなんなんだ)

(以上Imdbより)

locascio2.jpgこれは『僕の瞳の光』でヴェネツィア映画祭主演男優賞を受賞したときの写真


2004年イタリア映画祭で来日。『輝ける青春』上映前に舞台上に現れて「終わったらまた来ますから帰らないで(笑)」と言いながらなんだかフラフラしていたロカーショ。
どうやら前日お酒を飲んでまだそれが抜けていたなかった模様。
そして6時間後、彼が舞台に現れた時の感動は。だって6時間ずっとスクリーンに移っていたニコラが目の前にいるのだから。
会場からは大きな拍手が。もちろん私も。

そしてその後に階下でサイン会。机もなく、椅子もない中、ルイジは立ってサインと握手をみんなにしてくれた。
いや、細い。そして小柄。日本人の中に混じって歩いていてもぜんぜん気がつかないな、と正直思った。
そこがいいんですけど。
でもしゃべるとイタリア語だし、おしゃべり。
こういうときだけ「ああイタリア語が話せたらな」と思うんだけど、サインして握手してもらって「ぐらっちぇ」というのが精一杯。
いや素晴らしい映画でした、感激しました。って言いたかったな。日本語でもなんでも言えばよかったな。

パンフに収録されている彼のインタビューを読むと、ルイジは遠まわしな表現ながら身体的なコンプレックスをもっていたことを語っていますね。
「僕は14歳から30歳の間の写真がない。自分に関心がなかったとも言えるし、自分に魅力があると思えなかったともいえる。」彼が舞台での演技にのめりこんだのも「相手の視線が僕の演技上の個性に向けられると思っていたから。ところが映画では、どんな目をしてどんな顔をしているか、というのがとても重要なんだ。舞台でなら、その気になれば美男も醜男も老人も若者もできる。映画ではそう簡単にはいかない。自分の実際の容姿から出発することになる。その証があまりに直接的に現れる。(略)僕はこの仮面、僕の顔という仮面が何らかの意味をもつものだとは思えなかった」(2004イタリア映画祭公式パンフより)

なるほど。でもそんなルイジは、ジョルダーナ監督から
「素晴らしい感受性に恵まれ、不快教養をもった俳優で、ほかの多くの俳優と異なります。彼は員手レクチャるです。哲学者や医者になるために勉強したのですが、俳優の道を選んだのです。自分の仕事の中に、理論家として、研究者としての自覚を導入しました。(略)私が見たところ、ある種のイタリア人の中にあるきわめて大きな資質をそのまま肉体化していて、それは確かに生命力であり、好奇心であり、何かを成し遂げようとする意思なのです。」
と称賛されてます。


2004来日時の様子
http://www.magazine.co.jp/culture/backstagestory/guest07/index.jsp
ルイジのイタリア語のファンページ(のようだ)→イタリア語できる方、訳してください
http://luigilocascio.20m.com/


366_2.jpgこのくしゃくしゃ笑顔が魅力。
角度によって草刈正雄に似てなくもなくもない。。。(草刈正雄より小さいけど)

posted by マヤ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(1) | ルイジ・ロカーショ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

私をここから連れ出して Prendimi (e portami via)

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2004年 95分 監督:トニーノ・ザンガルディ

[あらすじ]
ローマ郊外に立ち並ぶ高層団地の近くにロマが住み着き、住民との間に生まれる様々な軋轢が生まれる。

[レビュー]
私がローマに旅行したときガイドさんが口をすっぱくして言ってた言葉「ジプシーに気をつけてください」を思い出した。なんと同じツアーに参加していた男性が危うくバックをひったくられる所だったのだ。
しかも一見弱そうな女性ではなく、初老の男性を狙ったところが意外であった。彼らは日本人観光客を毎日観察して知っているのだろう。若い子はお金がない。海外旅行慣れしているオバサマもガードが固い。そう、自分は大丈夫だろうとタカをくくっている男を狙え!と。
そのときその男性は、周囲の女性たちに助けられ、バックをひったくられずに済んだのだが、ジプシーに対していい印象をもてなかったのは事実である。

イタリアではジプシーとは言わない。彼らが自らをロマと呼んでいるとの説や、彼らの言語ロマニー語からロマと言われるようになったなど諸説あり。
ジプシーは彼らがエジプトから来たと言ったことから、エジプシャンが訛ってジプシーになったらしい。

バックひったくられた場面に遭遇した実体験もあり、ローマにロマの人々がいるという話にはすんなり入っていくことが出来た。そして共存するのはやはり大変だろうなあと正直思う。映画で描かれるように、ロマの人々は「溶けこまない」のだ。これだけ自分達の殻に引きこもっている人たちも珍しい。実はナチスドイツはロマも虐殺しているらしいが、ユダヤ人と違って経済力も、それに裏打ちされた政治的権力もなにも持っていないため、賠償も受けていないのだ。
この映画に出てくる話はそれこそ昔からヨーロッパでは少なからずおこってきた事件だと思う。共存することできないけれど、あえて排除もしないという現状も理解できる。なぜなら国家側が手をさしのべても、彼らがそれに入ってこないというロマ側の問題もあるからだ。
この映画でイタリア人の男の子と、ロマの可愛い女の子という設定にしたのはあまりにロマンチックというべきだろう。
男の子は可愛い女の子のために人肌脱ぐ優しさをもっており、これが子供でも打算的な女の子だったら、ロマの少年のためにここまで尽くすか甚だ疑問だからである。ゆえにこの映画も展開が読めてしまって「現状は変わらない」(それは両親側も)というのがこの映画のストーリーの根幹なら、ある意味でリアリズムな王道イタリア映画であった。

唯一リアリズムでないとすれば、主演のヴァレリア・ゴリーノが美人過ぎたことか・・・

採点:★★
posted by マヤ at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア映画祭2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月03日

輝ける青春

輝ける青春 La Meglio Gioventù
2005年7月9日より岩波ホールで公開
日本語公式サイト http://www.kagayakeru.net/  
(かなりネタバレなので注意、ちなみに予告篇もネタバレなのが気になった)

監督:マルコ・トゥーリオ・ジョルダーナMarco Tullio Giordana
製作: アンジェロ・バルバガッロ、ドナテッラ・ボッティ
製作総指揮:アレッサンドロ・カロッシ
脚本:サンドロ・ペトラリア Sandro Petraglia、ステファノ・ルッリ Stefano

「あらすじ]
ローマに生まれたカラーティ家のニコラ(ルイジ・ロカーショ)とマッテオ(アレッシオ・ボーニ)兄弟を描く大河ドラマ。
イタリアらしい家族の絆を中心にしながら、1966年代から2003年までのイタリア近現代史を振り返る意欲的な作品である。
物語は66年、ローマの大学でニコラは医学を、マッテオは文学を学んでいるところから始まる。夏休み、精神病院でボランティアをしたマッテオは、入院している美しい少女ジョルジアと知り合う。ニコラとともに、・女を病院から連れ出して故郷に返そうとするが、途中で警官にみつかって頓挫。ニコラはそのまま旅行にでかけ、マッテオは大学を中退して警官になる道を選択する。
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この機を境に、兄弟ふたりは別々の道を歩むことになる。
74年、学生運動が盛んな時期は、学生と警官という正反対の立場で再会。
輝ける青春.jpg
その後、ニコラは結婚し娘をもうけるが、妻が赤い旅団の活動にのめりこみ、すれ違いが続く。
一方、マッテオは美しい女性ミレッラ(マヤ・サンサ)と出会い恋におちるが、なぜか深い関係になるのを避けてしまう。
マッテオの孤独は深く、誰とも打ち解けようとしない・・・。


[レビュー]
2004年イタリア映画祭でみて大感激。しかしその6時間以上の長さゆえ日本公開は難しいだろうと思っていたら、岩波ホールさん(配給:テアトル東京)のおかげで実現しました。
イタリア映画祭では、主演のルイジ・ロカーショさんにサイン&握手をしてもらった。
座らないで、立ってサインしてくれたんだよ。
6時間見た後、スクリーンの中にうつっていたニコラが目の前にいるなんて、イタリア人すらそんな贅沢な鑑賞した人は少ないんじゃないかな。と心から誇らしい。


さて、本作は6時間6分の大作で1部と2部の2部構成。
最初はイタリアの国営放送RAIがTVシリーズとして制作したが、その後出来上がりがよいので映画になった。
ベルトルッチの「1900年」、ベルイマンの「ファニーとアレクサンデル」そして、現在3部作のうちの1作目が公開されたテオ・アンゲロプロスの「エレニの旅」長編映画の傑作はいくつかあるが、これらと比べると、本作は正直、重厚さには欠けている。
最初TVドラマとしてスタートしたので、キャラクター設定がユニークでわかりやすいが、その分、背景の歴史への切り口が甘い。
過去の名作は、時代という大きなうねりに、たった一人の人間がどうあがいても振り回されるという、ひとりの人間の存在の小ささ、無力さを執拗に描いていたし、作品が長ければ長いほどそれが浮き彫りになった。
しかし、本作では主人公たちは、イタリアの重大事件にふりまわされるというよりも、ドラマ上、むりやり関連づけさせられているだけで悩んでいることは、非常に個人的な問題である。内面の葛藤こそが・らの重大事なのだ。

だから、歴史は二の次にして、ニコラとマッテオの心の旅に、観客は自らを重ね合わせればよいのだ。

ニコラとマッテオはの兄弟は容姿も性格もすべてが正反対。ニコラは人懐っこい笑顔をたやさず、人生を楽しめる明るい性格。一方でマッテオは「ギリシャの英雄アキレスのような」青い瞳のハンサムな青年だが、正直すぎるのか、妥協せず、周囲と協調できない性格だ。
監督は、「全く対照的なキャラクターをもつ2人の人間を描いたのではなく、人間は誰でもこの2人の性格の両方をもち、ふたりはその片方が極端な形であらわれてしまったという設定である」と語っている。人はあるときは、ニコラであり、あるときはマッテオにもなる。
このふたりは、まるでふたつでひとりのような強い結びつきをもっている。(最後のそのとおりになる)

この二人の30年以上におよぶ歳月に、60年代から現代にいたるイタリア史が重ねられる。
特に重要と思われるのが、精神病院のエピソード。
既に触れたが、マッテオは精神病院で学生ボランティアとして働いたとき、ジョルジアという美少女と出会う。
マッテオはジョルジアを故郷へ戻してあげようと病院から連れ出し旅に出る。が、途中で警察に見つかり・女は連れ戻され、責任を感じたマッテオは旅を中断、そのまま軍隊へ入隊してしまう。ジョルジアはマッテオに恋心を抱いてしまうのだが、医学を専攻しているのは
ニコラであり、性格も優しいニコラを好きになってもよかったと思う。もちろんマッテオはハンサムだが、・の感受性の鋭さ、ぶっきらぼうな中にあるやさしさにジョルジアは共感したのだろう。マッテオに恋したジョルジアは、後半に再び現れ、重要なシーンで登場する。

ニコラが精神科医としての仕事に打ち込む姿は、おそらくイタリアのバザーリア医師をモデルにしている。イタリアはなんと精神病院を廃止した国なのである。
参考サイト http://www.seirokyo.com/archive/world/trieste/021124kyoto.html 
「バザーリア医師がイタリア北東部の港町、トリエステの公立サンジョバンニ精神病院の院長になり、本格的な改革を始めたのは1971年。当時は入院患者が1182人もおり、90%が強制入院だった。バザーリア医師は78年には「バザーリア法」を成立させた。これにより、精神病院の新設、新規入院が禁止たされた。トリエステ県は最初に病院を閉鎖して、四つの地域ごとに精神保健センターを作りました。県の人口は二十五万人で精神医療ユーザーは約三千人。各センターは約三十人のスタッフで二十四時間の診療・相談体制をとり、急な入院用のベッドも八床ずつある。地域に責任を持つので来所を待つだけでなく、医療を放置された人を積極的に探し、刑務所へも医療提供に出向くという。」

「輝ける青春」のオリジナルタイトルでイタリアサイトを検索すると、なんとDVDのパッケージは、ニコラとマッテオでなく、ジョルジアの顔であった。イタリAでは、この映画の重要さが、ジョルジアのエピソードにあると見られていることを示すものではないか>

イタリアでのDVDパッケージはこれ
輝ける青春.jpg

(2006年2月5日、追加情報)
panterinoさんのブログにてバザーリア法に関する記事がUPされました。大変参考になると思うので、TBもしていただいていますが、ぜひ参照ください)
【参考ブログ】イタリアに好奇心 「バザーリア法とその見直し」
http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2006/01/post_46bd.html
(以上)


以下、ネタバレなので、注意してください。

ニコラはいつも笑顔で人当たりもよく、性格もいいのはたしかなのだが、実は共感する心においては、かけているところがあったのではないか。マッテオは黙っていても、母親や、ジョルジアから愛される。どこかしらマッテオに嫉妬する気持ちもあっただろう。また、ニコラの近くにいる人がなぜか不幸を感じていることにも注意する必要がある。
マッテオだけでなく、妻のジュリアもなぜかニコラから離れていく。マッテオが死んだ後、「自分は、・を止められたのに、とめなかった」というセリフがある。注意してみていると気がつくのだが、ニコラはマッテオやジュリアが、自分から離れていくとき(演出ではいつもドアのこちら側と向こう側で対峙する)強くひきとめない。もしかして・らはどこかでニコラに助けてというシグナルを送っていたと思うのだが、ニコラは驚くほどあっさり・らをドアの向こう側に行かせてしまう。
ニコラは意外と冷たいのだな、と思ったのは2度目にみたときだ。
妻が赤い旅団の活動にのめり込んでいくのを、もっと早い段階で止めることができたかもしれないのに、見てみぬふりをしているようにみえる。娘を連れて散歩に出てしまうのは、かかわりをさけているようだ。
最初に、精神病院からジョルジアを連れ出したのもマッテオのほうだった。ニコラは友達と旅行に出かけようとして浮かれ気分でいて、マッテオにひきずりこまれた感じ。

ジュリアとマッテオ、一連の身内の不幸、そしてそれを招いてしまった自責の念が、ニコラににその後精神病院の改革にとりくむ原動力になると考えるべきだ。

ネタバレ以上


この映画を見る人に注意してもらいたいのが、ドアだ。
この映画に登場するいくつものドア。
それは物理的な扉というより、精神的な心の扉を意味すると思う。

ニコラは後半やっと自分からドアを開ける。ジョルジアが隔離されている、地下の倉庫のドアをぶちやぶるのだ。あのシーンががこの映画における、節目である。ニコラが新しい一歩を踏み出す瞬間なのである。
ニコラは監禁されていたジョルジアを連れ出す。
その後、元気になったジョルジアだが、病院から外へ出る勇気がない。
しかし、ジョルジアはマッテオの写真をみて、この写真をとった人に会いたいと強く願う。・女のその強い思いが、いくつものドアを開けて外に出て行くシーンで演出される。・女の幾重にも閉じられた心の扉があく様を、いつくものドアで表わした感動的なシーンなので是非注意してみてほしい。

そのほか、赤い旅団やシチリアマフィアなど、どうしてカラーティ家にこれだけイタリアの重要な事件が次々おこるかなというくらいこじつけもかなりあるのだが、まあ、日本人からみると、イタリア史をざっと俯瞰できるので勉強にもなるだろう。

ラストはこれまた、かなりネオリアリズモなイタリア映画に反してアメリカ的な演出ではある。だが、初めの大学テストの教授との面談で「きみは共感指数を上げろ」と言われていましたよね。人の心をどれだけ理解できる人間になるか。ニコラは自分の負の部分、マッテオの存在を自分の中に受け入れることによって、人間的に成熟する。同時に、マッテオによって出会った大切な女性の存在を受け入れることができるのである。
このラストに素直に感動しましょう。ふたつの明暗のキャラクターが最後にひとつになったのだ。

(追記)またまたネタバレ
ここまで書いたところで、Invitation7月号で川口敦子氏によるレビューを読む
驚いたことにマッテオの苦悩の理由は「性のアイデンティティーにある」とのこと。それとわかるように描かれているのだそうで、私は全く気がつきませんでした。たしかに、車に連れ込んだ「a prostitute」のキャラクターは強烈だったが・・・・。70年代のイタリアではまだタブーだったのだろうか。性のアイデンティティーだとすると、私のこの映画に対する興味はかなり半減してしまう。なぜなら、それ以外のもっと深い闇、物事を肯定できない生真面目さ、早熟の天才ほど世を儚むガラスのような心をもったキャラクターとして、私なりにマッテオを美化していたのだが、・の苦悩がただゲイであることだと片付けられるのは、納得がいかないが。
第2部が始まったとたん、クイーンの「OneWho Wants to Live Forever」が流れたのはそういうわけ?
うーん、でもそれならミレッラが可哀想過ぎるだろう。。


採点:★★★★
posted by マヤ at 22:13| Comment(43) | TrackBack(19) | 輝ける青春 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする