2011年04月30日

イタリア映画祭2011 『われわれは信じていた』

お久しぶりでございます。
今年はギリギリでもチケットを入手できましたので、久しぶりに観てきました
イタリア映画祭。

『われわれは信じていた』
イタリア統一150年にあたる2011年を記念した歴史ドラマ。演劇やオペラの演出家としても活躍するマリオ・マルトーネ監督が、イタリア統一の英雄の一人、ジュゼッペ・マッツィーニの運動に命を捧げたイタリア南部の3人の男たちによる4つのエピソードを通して、統一運動のあまり知られていない歩みを紐解いていく。


works05_photo.jpg


私は映画を何の先入観もなく楽しみたいので、チラシのあらすじすら読まないでみます。
しかし、この映画は相当予習が必要な映画でした。

イタリア統一にお詳しい方にはなかなか興味深い題材だと思いますが、
もう少し字幕に工夫をしてもよかったのではないでしょうか。

せめて登場人物が最初に登場する場面で、名前くらい入れてくれても・・・

いや、入れてください!

ありえない、と言われそうですが、

私は見終わった今、IMDBで調べてトニ・セルヴィッロが演じていた人がマッツィーニだと知ったという(これひどい例ですが、プログラム買ってないこういう人もいるってことで)、
いや、それくらい何の説明もなにもなく、当たり前のようにマッツィーニが普通に出てきて話が展開するのでうかうかしていると

「この人は誰?何している人、そもそも今、舞台はイタリアのどこ?」


だけで2時間30分が過ぎてしまうのです


マッツィーニが英語はなしてるんですけど、これですぐピンと来る方ならいいですが、

私はさっぱり意味不明でした。
マッツィーニは国外に拠点を移して、ヨーロッパ各国で青年党を結成してるんですね、ほーーっ。

これから見る方へ これだけは知っておいたほうがよい知識

トニ・セルヴィッロ=ジュゼッペ・マッツィーニ

マッツィーニについてWikiを最低3回くらい読んで、イタリア統一時のヨーロッパの勢力図と
カブール、ガリバルディ、マッツィーニの置かれた状況、意見の相違を頭に入れておき、

最終的にどのような経緯で誰が主導権をとってイタリア統一がなされたか


を理解しておきませう


そうでないと、はっきりいってチンプンカンプンです(←私)



終わってから、ロイヤルウェディングに気をとられつつ、復習してみますと


結論:イタリア統一は、マッツィーニが夢見た共和国とはかけ離れた形でなされた。

この映画の名もなき男たち(南部出身だけど、シチリア??とは言ってなかったかな?)、ドメニコ(ルイジ・ロカーショ)、アンジェロ、アントニオら(この名前と顔も頭に入れておく必要もあり)は、マッツィーニが結成した青年イタリア党に入ると宣言するシーンがあるので、
マッツィーニの掲げたイタリア共和国樹立に身をささげ、結果的に夢やぶれた人たちであったこと。

そしてその夢破れた理由は、それこそ、当時のフランス(ナポレオン3世)の介入であり、
バチカンがローマにとどまることに固執した結果であり、バチカンとフランスの関係であり(「ナポレオン3世の暗殺に失敗し、絞首刑に処せられる前にアントニオ(だったと思います、自信ありませんが)の「なぜ、教皇はそんなに世俗の権力にこだわるのだ?」という悲痛な問いの場面の意味は重いと思います)、そこでカブールがどう立ち回ったか、フランスとオーストリア、プロイセンの関係などなど、を理解しておく。



そしてラストに、ひとり生き残ったドメニコの台詞


「noi(わたしたち)、それは甘い言葉だ・・・」


に込められた意味。


「わたしたち」と言って、本当に団結したことがあったのか、今までも、これからも・・・

という自問自答。


イタリアをよく知る方なら、この映画を深く理解される方ならきっと

甘く、重く、この言葉は突き刺さるに違いありません。


この映画は、この noiという言葉を信じて闘い、夢破れた男たちの物語だったのだと。








で、あってますか(笑)?


posted by マヤ at 14:06| Comment(2) | TrackBack(0) | イタリア映画祭2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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