2011年06月23日

まるでフェルメールのようなカメラワーク!『プッチーニの愛人』

プッチーニの愛人.jpg

オペラ界の巨人ジャコモ・プッチーニのメイドが自殺した「ドーリア・マンフレーディ事件」

プッチーニと若いメイドとの間を疑った嫉妬深い妻がメイドを監禁し、娘は自殺したという
実際にあった事件

を題材にしたほんの84分ほどの映画です。

いやーーーとてもよかった!!

こういう作品を観ると、さすがイタリアの底力といいますか、ヨーロッパ文化の蓄積を感じますなー

大変堪能いたしました。

説明過多な映画を毛嫌いする私としては、この映画の台詞の少なさが心地よかったのです

必要最小限の台詞だけで、この乙女の死の裏にいくつもの不貞があったという上流階級の社会ではよくありそうな痴話話が次から次へと浮かび上がる

そして、乙女を救うべきだった教会がまたしても(『愛の勝利を』にも続き)

本来救うべき人を救っていない

ということも極めてわかりやすく描かれています。

PUCCINI01.jpg

音楽の知識がない私は、ぜひオペラ好きの方にお聞きしたいのですが

この映画全編に流れるピアノ曲は、プッチーニが取り組んでいる「西部の娘」の一部が使われているのでしょうか

先日、テレビで音楽家の方が、松田聖子の歌は長調で、中森明菜の曲は短調でできているとピアノを弾きながら説明しているのを見て、なるほどねーと感心したのですが

簡単に言ってしまうと、前者は明るく心地よい音楽で、後者はどこか哀しさを帯びる音楽になっていました。

まさに、この音楽のトーンの違いが、この映画にもうまく使われていたのです。

映画の中で、白い鍵盤に鉛筆でしるしをつけて、その音を使ってピアノを弾く場面が出てきます
そこは非常に軽快なメロディーでした。

ですが、黒い鍵盤をおさえるどことなく不穏な音楽が響くシーンが出てきてこの物語も動き出します。

一度は監禁をとかれた娘を、ふたたび失意の底に打ちのめされる場面にぐっと変わっていくのです。

おそらく「西部の娘」の音楽の展開にあわせたか、もしくはそのオペラの音楽の調べの変調をきたす部分をこの映画にうまく取り込んだのでは、と思ったのですが。

いかんせん、「西部の娘」を聴いたことのない私なので、これがあっているかどうか、オペラの好きな方のご意見お待ちしております。


また、このスキャンダルの種明かしにもつながる部分ですが、プッチーニの音楽の源がどこにあったか、をさりげなく示しているのも、私はなるほどと思って観ました。


彼の音楽が世界中の人々の情感にうったえかけるのは、そもそものメロディーの源泉がむしろ社会の底辺にいる人の恋歌であったり、労働の中から生まれた調べにあった、と。

だからこそプッチーニのメロディーは普遍的な魅力に満ちているのだ、と。



もうひとつ、音楽の使い方については、

「当世オペラ事情」というブログで解説されていた、ラストに流れるのがプッチーニではなくシューベルトであった、というご指摘もとても興味深く拝読しました

http://opera-alla-moda.com/column/%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%8C%E3%83%97%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%81%AE%E6%84%9B%E4%BA%BA%E3%80%8D%E3%80%81%E6%98%8E%E6%97%A56%E6%9C%8818%E6%97%A5%E3%81%8B%E3%82%89/



最後に、本作は映像がすばらしい。カメラマンの名前、あとで探しますが、とくに室内の画ひとつひとつがそのままフェルメールの絵画のようで、映像にも大変満足しました。


PUCCINI02.jpg


これで84分!

まったく素晴らしい作品です。


プッチーニの愛人 オフィシャルサイト http://puccininoaijin.com/

6/18(土)より東京・シネマート新宿
7/02(土)より大阪・シネマート心斎橋
他、全国順次ロードショー

posted by マヤ at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | オペラ関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

禁断の女優コレクションシリーズ(笑) ラウラ・アントネッリ

ベロッキオの『愛の勝利を』をシネマート新宿に観にいった方なら目にしたであろうこのチラシ

禁断の女優コレクションシリーズ(笑)第1弾

ラウラ・アントネッリ幻の主演代表作集であります!





キャッチコピーが素晴らしい

「今も絶大な人気を誇るイタリアン・エロスの女王ラウラ・アントネッリ幻の主演3作品
ノーカット無修正完全版にて本邦初登場!」


なぜ、どうしてか、文字をピンクにしてしまいました

ラウラ・アントネッリ Laura Antonelli 英語にするとローラ

1941年クロアチア・プーラ生まれ(イタリア人じゃないの!?)
幼少期にナポリに移住
テレビcm出演を機に映画界入り、1969年「毛皮のヴィーナス」で初主演し、一躍注目を浴びる
1973年には中学生を性に目覚めさせるメイド役を演じた『青い体験』、セックスコメディ『セッソ・マット』が大ヒット

『イノセント』で彼女を起用したルキノ・ヴィスコンティ監督が「ヴィーナスの体をしている」を評し、エットーレ・スコラ、マウロ・ボロニーニといった巨匠の作品にも出演した


(↑チラシ丸写し)


『青い体験』アマゾンでえらい高額です(笑)


残念ながら未見 ツタヤなどにあるんでしょうか。



この禁断のトリプルボックスに収録される禁断の作品については

もったいつけて明日以降、不定期に更新していきたいと思っております




posted by マヤ at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ラウラ・アントネッリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

イタリア統一150周年記念連続文化セミナー リソルジメントをめぐるイタリア映画

今年はイタリア統一150周年にあたり、昨年から今年にかけてナポリターノ大統領も出席する多様な催し物が開催されています(ほー、そーなんですか)

日伊協会で開催されるセミナーをご紹介


6月23日 リソルジメントをめぐるイタリア映画

ルキノ・ビスコンティの『山猫』

ロベルト・ファエンツァの『副王家の一族』

マリオ・マルトーネの『われわれは信じていた』→わけわかんなかった映画w


立場も嗜好性も作家性も異なる3人の監督がこのテーマを扱うにあたってとった姿勢、手段、
演出、役者、音楽などについて考えてみたい

話し手 岡本太郎 19:00〜20:30

http://www.aigtokyo.or.jp/seminar/semi150_2.html


イタリア映画祭作品選定をされている岡本太郎さんのお話ですから、イタリア映画ファンの方ぜひどうぞ!

posted by マヤ at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア映画ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

愛の勝利を



昨年のイタリア映画祭で上映されたんですよね、しかもベロッキオが来日したんでしたっけ?
その際にベロッキオはこの作品についてどう語っていたのでしょうか

この映画は、ムッソリーニという人物のカリスマを知ることができる貴重な1本といえるのではないでしょうか・

どちらかというと、ヒトラーやナチスのおぞましい影に隠れて、無能のレッテルを貼られがちで特に日本人には印象が薄いムッソリーニでしたが、彼の演説をこれだけしっかり見たのは私は初めてですし、前半の俳優が演じているときの目力といい、ヒトラーとは全く違うセックスアピールの持ち主であることが強調されているのは興味深いです

精神病院で「絶倫だったの?」という直球質問がすべてを物語っていますね


はげちゃってもいい、彼の男性的魅力にイタリアの老若男女がメロメロになり、やけどして捨てられた、というメタファーも含んでいるのかと思いました。

でも、これまで私もたくさんイタリア映画を見てきて、「度を超した女の愛情の強さ、深さ」

がすべての根底にあり、そのアモーレの強さの裏返しの(そういう女に育てられた)男のセックスアピールであり、マザコンであり、それが文化の豊かさであり、業の深さでもあるような

そんな部分を、イーダという女性の狂気じみた愛情が体現しているようで、

いつしか息子への愛の強さゆえの、ラストの展開(それが結局息子のためにならなかったというオチも含め)の、その余韻を今見終わって感じているところです


この映画は、非常に低予算ですよね。

映画の中の映画という表現で、夢の中の夢をみるような遠近感を出しているのは、
予算がないゆえの苦肉の策ではないかと思いましたが、

ベロッキオ先生の手にかかれば、それすらも

歴史すらも人間の記憶の数だけ存在するという、思考の広がりに昇華されていたともいえるし、なによりもそこにアモーレがあれば、時間すらも超越して現代の私たちにダイレクトにうったえる力をもつという

巨匠だからできる力技をみせていただけたことで私は満足したいと思います。



はて、ベロッキオ先生の映画をすべて見ているわけではないですが、『夜よ、こんにちは』との類似点、檻からの開放=幻想 であること、現実には幻想であっても、それを可能にする奇跡があるのなら、それは母性であるという(と私は感じた)結末は、ベロッキオ先生の母胎回帰なのでしょうか。


 



posted by マヤ at 11:31| Comment(0) | TrackBack(6) | マルコ・ベロッキオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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