2011年11月30日

やがて来たる者へ

2009年度のダヴィド・デ・ドナッテッラ賞を受賞、2010年イタリア映画祭で上映された作品とのこと

2010年から2年間、チケットが取りずらくなった年ですね、私のイタリア映画空白の時間だわ(笑)


そんなわけで、やっと岩波ホールで見てきました


見終わった後、タイトルの意味するところを調べてみましたら
やがて来たる者へ=未来を生きる皆さんへ
という意味なんですね。

ラスト、少女は何を待っているのだろうか

と考えながら帰ってきたのですが、

もう決して帰ってこない家族の帰りを待っている

ということなのだろうか。


はて、最期に少女が口ずさんだ歌はなんという歌だったのでしょうか?


本作は、マルザボットの虐殺 といわれる、1944年9月29日未明から10月5日までの8日間、北イタリアの山村で起きたナチス・ドイツ軍による虐殺事件をフィクションを交えて描いています
パルチザン掃討を目的としていたが、村民がパルチザンをかばっている、もしくは村民がパルチザンではないかと疑ったナチス側が女性、子供の区別なく村民を虐殺、犠牲者771名のうち大半が女性、子供、高齢者であったそうです

監督のジョルジョ・ディリッティはエルマンノ・オルミの助監督をしていたそうで、なるほど語り口は良く似ている。

私は本作、実はどういう映画かもまったく知らずに見に行ったので正直な感想を述べますと、

まず、マヤ・サンサが出てきてびっくりした(笑)

本当にそれくらい何の予備知識もなく見たのです


それから、

少女の無垢な表情がすばらしく(この娘、美人さんやなあ、子どものころからこんな美人なんてさ、もうずるいよ、とか思ってしまいました・笑)、イタリア映画の子供って本当にかわゆいわあ、

相手が子どもとはいえ、監督は状況を教えて演技させたのか、演出方法が知りたくなりました。

男の子なんていわれたとおりに歩いてます、しゃべってます感が全開で、ほほえましい・


ただ、ですね・・・


わたしは、わたしは、ドイツ兵の描き方が弱いと感じました


(ああ、中国映画に出てくる日本兵みたいだわって、ああ、今チャン・イーモウが南京虐殺の映画とってるけど、どんな映画ができるんだろうとか、映画をみながらも意識がほかのところに飛んでしまった自分・・・)


たしかにドイツ兵ひどいですよ、なんの弁解の余地もないと思いますが

ここ参照 「マルザボットの虐殺 裁かれる」
http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2007/01/post_67c8.html


この映画では、なんのきっかけもなく村民たちを虐殺したように描かれているので
その前になにかのきっかけが絶対あったはずでは、と思うのです。
ドイツ軍が徹底的に追い込まれるような何かが。

本作を見ていると、ベトナム戦争で米軍がベトコンと農民の区別がつかずに村を焼き払ったのと同じなんじゃないか、と思いました

相変わらず世界中でこういう戦争が起こっていて、今この瞬間も、罪のない人が殺されている。

そして、この映画の少女のような、たくさんの戦災孤児たちを生み出している

本作は、その戦争すべての犠牲者にささげられている映画です

(そして中国映画に出てくる日本兵のことを思うと、自分も加害者になるかもしれず、絶対になりたくないけど、複雑な気持ちです)



最期にもうひとつ、

ラストに少女が待っているものは、

平和な未来 なのではないだろうか。











岩波ホールにて公開中 12月16日まで
http://www.alcine-terran.com/yagate/




posted by マヤ at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 大好きマヤ・サンサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

別世界からの民族たち

お久しぶりにのぞいたら恐ろしいスパムコメントの数・・・即刻削除しました。

別世界からの民族たち.jpg

2年前?のイタリア映画祭で来日してくれたヴァレリオ・マスタンドレアと、コメディアンのディエゴ・アバタントゥオが主演のちょっと変わったコメディ。

テーマは、イタリア映画祭をご覧の皆さまなら毎度毎度という、イタリアの不法移民についてです。

ボーイフレンドがアフリカ系の女性、その彼女の元カレでいまだ未練たっぷりの刑事、テレビでは「移民はラクダにのって帰れ!」とののしりながら、黒人の娼婦にお世話になっているテレビタレント?。

ある日突然、街から移民が消えていなくなってしまいます。

本当に、跡形もなく。

さて、移民がいなくなった後にはどんな生活が待ち受けているのか。

ゴミは溜まり、家庭からはメイドがいなくなり荒れ放題、工場も稼働せず、つまり日常生活が完全にマヒしてしまうわけです。

この人種差別発言をはき続けるタレントの娘が、実はアフリカ系のBFをもちカレの子どもを妊娠していたというオチなのですが、

日本人からすると、移民を受け入れるべきかどうかという水際の問題をイメージしてしまうのですが、イタリアの場合は、もういなくなったら日常生活が回らないというところまできている

監督自身、シッターがルーマニア人の女性で彼女はもう家族同然といっています。

でも、日本人って家に他人が入るのすら、抵抗あるじゃないですか。
とくに外国人を家にメイドとして雇うってどうなんでしょうね。

イタリア人も昔はそうだったのだけど、メイドとして安いお金でなんでもやってくれる便利さに
いつの間にか当たり前になったのか、もともと抵抗ないのか、

そこのところ大変重要な相違点だと思います。

皆さま、いかがでしょうか?


映画としてはまあ、DVDでじゅうぶんかなという程度です。


公式サイト監督インタビュー
http://2011.tiff-jp.net/news/ja/?p=4598




posted by マヤ at 13:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京国際映画祭2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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