2008年12月28日

神の道化師、フランチェスコ

カチンコ2年前のクリスマスのとき書いた記事を再掲しますカチンコ


みなさま、よいお年をお迎えください ぴかぴか(新しい)


『神の道化師、フランチェスコ』Francesco Giullare di Dio (1950年)

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フェリーニのエッセンスに溢れるロッセリーニの傑作

ロッセリーニというと、戦後ネオリアリズムの『無防備都市』や『戦火のかなた』などが日本では有名だが、実はこれらの作品、正直にいうと、私にとっては「同時代性」を感じられず、ネオリアリズム映画の教材のような、勉強のために見るような作品なのです。つまり、戦中、戦後の庶民の生活の大変さをほとんど他人事のように見てしまう自分がいる。だからロッセリーニのすごさを現代の日本人はあまり理解できないのではないかと思います。今、見るならむしろネオリアリズムが一段落ついた後、違う作風に取り組んでいた時代、本作や、イングリッド・バーグマン主演作何本かを見るのがおススメです。


一応、戦後の混乱は落ち着いて、人々が自分の生き方とは何かを模索しはじめた、ロッセリーニはその時代には、そういった作品を作っていきます。(でもそのスタイルはイタリアの映画批評家には酷評された)つねにその映画スタイルを変化させた人ですね。反面、ヴィスコンティは晩年になればなるほど、過去にさかのぼり、内容はより個人的になり、時代と隔絶した人間の孤独、そして時代の終わり、死を描くようになる。そしてこの2人は同じ年、1906年生まれで今年生誕100周年を迎えます。
日本ではヴィスコンティはとにかく人気がありますが、ロッセリーニの偉大さももう少し語られてもいいと思います。

と、いつものごとく前振りが長くなってしまいました。
クリスマスにおすすめの小さな名作を紹介します。
1950年製作の『神の道化師、フランチェスコ』です。

FOTO9.jpg
有名な「小鳥への説教」場面


本作は脚本にフェデリコ・フェリーニが参加しています。それを頭の片隅においてみると、映画のいたるところ、いや全編にフェリーニのエッセンスがちりばめられていることがわかります。そういう意味では、フェリーニファン必見の作品であるといえます。フェリーニは『無防備都市』からロッセリーニに才能を認められ脚本に参加していますが、本作は、ロッセリーニの映画の中でももっともフェリーニ色が強い映画といえます。助監督してるんじゃないかと思うほどです。音楽の入れ方もフェリーニっぽいです。とはいえ、フェリーニの才能をうまくいかして、1本の映画をまとめたロッセリーニの手腕が見事というべきでしょう。

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この映画をみて、去年、ちょうどこの時期に紹介したパゾリーニの『奇跡の丘』を思い出し、もしかしてパゾリーニはこの映画を少し参考にしたのではないかと思いました。また、もう1本私が愛する映画タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』もなんとなく本作に似ています。偉大な人物を描くとき、それを時系列に追うのではなく、一見なんの関連もないエピソードを並べることによって、ひとりの人物の全体像が浮き彫りになる、ということがあります。この3本に共通するところはそれです。

『神の道化師、フランチェスコ』の素晴らしいシーンはたくさんありますが、どれかひとつを選ぶとしたらやはり『私のイタリア映画旅行』でスコセッシが選んだ、ライ病患者とフランチェスコの遭遇のシーンでしょう。
この場面については余計な解説は一切したくない。ただ観てほしい、それだけです。
そして最も素晴らしいこのシーンは、最も厳しく残酷なシーンでもあり、むしろフェリーニよりロッセリーニのリアリズム描写が冴え渡っています。

このほか、弟子のジネブロが狂言回しのような役で登場しますが、ボケ役のジネブロのキャラクターはそのままフェリーニの映画に出てくる「境界線にいる人々」であり、そういう人々が面倒を起こしても(しかも彼らはとっても魅力的!)いつも優しく受け入れるフランチェスコの寛容さ、それがフェリーニの理想郷をあらわしているようでもあります。

本作のフランチェスコはよく泣いています。どうして泣くのかというと、それは自分の無力さを嘆いて泣いています。そしてよく微笑みます(声を出してアハハとは笑いません)。そしてしょっちゅう神様に感謝しています。どうして感謝するかというと、小さいことでもそこに神様の恩寵や恵みを感じているからです。
本作はこういう映画には珍しく字幕がよかった。もともと台詞が少ないのですけども日本語の言葉の選び方に、キリスト教への理解を感じました。
最後のエピソードのタイトルが「フランチェスコ、完全なる歓びを知る」というのですが
ヨロコビというと、普通「喜び」です。その他に常用外として慶び、悦び、歓び(どうしてこんなに豊かな表現がたくさんあるのに常用外にするんだ?)という表現がありますが、本作では「歓び」としている。「歓喜」というときの漢字ですね。宗教的な体験の場合はやはりこの漢字を使うべきだと思いますが、本作の字幕はちゃんと「歓び」としていたこと、当たり前といえば当たり前なんだけど、字幕にも満足いたしました。
字幕は関口英子さんでした〜、グッジョブ!

こんな素晴らしい映画、ヴィスコンティ作品と同じくらいどこかで放映してくれないでしょうか?

最後にフランチェスコの「平和を求める祈り」を引用します

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神よ わたしをあなたの平和の道具としてお使い下さい
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに一致を
疑惑のあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光りを
悲しみのあるところによろこびをもたらすものとしてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを
わたしが求めますように
わたしたちは与えるから受け
ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に
永遠の命をいただくのですから



皆様、メリークリスマス!


【参考過去記事】
ブラザー・サン シスター・ムーン BROTHER SUN, SISTER MOON http://myvoyagetoitaly.seesaa.net/article/9544726.html





posted by マヤ at 12:57| Comment(5) | TrackBack(1) | ロッセリーニ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マヤさん こんにちは
遅ればせながら 明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

”最後の祈り”日頃不信心な私にもなんだか沁みてくる言葉です・・いいですね。
フランチェスコは2年前に行ったアッシジを思い出します。 帰国後ミッキー・ロークの「フランチェスコ」を観ようとビデオレンタルしたら劣化が酷くて途中でウチのデッキの中で絡んでしまい・・エライ思いをした思い出も・・。それだけお店でもほっておかれたってこと? 今年ミッキーがアカデミー賞でも取ったらDVD化も考えてくれるでしょうか・・(^^;)
で、ロッセリーニ版は知りませんでした!
今調べたらDVDも出ているんですねって、考えてみたら私、スコセッシのDVD買ったのにちゃんと観てないのかっ! もう一度確認してみます。

今年も時々覗かせて頂きますので、マヤさんのご無理ないペースで更新なさって、是非続けて下さいね^^ よろしくお願い致します。
Posted by マダムS at 2009年01月10日 09:38
更新、待ってますよ〜!
Posted by umikarahajimaru at 2009年02月18日 01:34
マダムSさま

すっかりのご無沙汰&不精な私をおゆるしくださいませ。

アッシジは行った事ないのでぜひ行ってみたいです。

今年はあまり更新できないかもしれませんが??どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by マヤ at 2009年03月16日 23:33
umikarahajimaru さま

ああ、もうすっかり気持ちが離れると更新まで滞るという私の悪い癖が・・。アウチ。

3ケ月に1回更新くらいのペースで続けられればなーーんて。忍耐つよく見守ってくださいまし。<(_ _)>
Posted by マヤ at 2009年03月16日 23:35
名画座で本編を見ました。甲冑の大男などフェリーニ風のキャラクターがユニークです。フランチェスコの愛の非暴力が印象的でしたね!
Posted by PineWood at 2015年10月30日 05:43
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