2013年01月18日

アルベール・カミュとアルジェリア 『最初の人間』

最初の人間

the_first_man.jpg

公式サイト
http://www.zaziefilms.com/ningen/

アルベール・カミュ(1913-60)未完の自叙伝的作品「最初の人間」の映画化。

カミュはアルジェリアに入植したフランス人の子孫としてアルジェリアに生まれる。母親もまたスペインからの入植者の子孫。(アルジェリアのヨーロッパ計の植民者のことピエ・ノワールというそうです)。32年にアルジェリア大学入学、第2次大戦時にはハンセン記事を書き活躍。42年に発表した『異邦人』が絶賛される。57年に43歳でノーベル文学賞受賞。

小説が未完なのは、執筆中にカミュが交通事故で46歳の若さでこの世を去ったため。監督は『家の鍵』(04)が米アカデミー外国映画賞候補にもなったイタリア人のジャンニ・アメリオ。カミュの自伝ですので全編フランス語です。

あらすじ
1957年、アルジェリアへ入植したフランス移民の息子として生まれ育ったジャックは、フランスで文学者、大学教授として名声を得ている。しかし故郷アルジェリアは、54年に全土ではじまった民族解放戦線で騒然としていた。そんななか、ジャックはアルジェリアに帰郷し、父親の墓参りをしながら自らの半生を振り返る。

最初の人間3.jpg

感想
カミュ作品の映画化権をもつ娘カトリーヌ・カニュが映画化するならアメリオにとGOサインを出したとか。実は私もアルジェリアというと、『アルジェの戦い』(66)がイタリア人監督の作品だったり、ヴィスコンティがカミュの「異邦人」を映画化したりと、イタリア映画を通してカミュを知るという不思議な経路をたどっているので、本作もアメリオなら観るか、と出かけました。

それから「最初の人間」というタイトルにも興味がそそられたので。

奇しくもアルジェリアで日本人が武装勢力に拘束のニュースが連日報道される中での鑑賞。

そうしたら、なんと、マヤ・サンサが!!
またもや、なんの予備知識も入れず見に行ったので、うれしい再会。
なんだか嬉しくなって、私は普通なら寝てしまう映画だと思うんだけど(笑)、珍しくじっくり作品を味わうことができました。

カミュの「異邦人」は、新潮文庫の100冊に選ばれているから、とかそんな理由で学生時代に読んだけど、正直さっぱり共感もできずわからない作品という位置づけ。

しかし齢を重ね(笑)、この映画のおかげもあり、やっとやっと「異邦人」の意味が分かった気がしました。

カミュは生まれ育ったアルジェリアでも、フランスでも異邦人だったんだなあ、と。

そんなことはきっとwikiでも読めば頭では理解できたでしょうが、遠い日本に生まれた自分はやっとこの映画でアルジェリアの風土、空気、海、空の色から感じることができたのです。

と同時に、恵まれない環境から頭角をあらわす一人の少年が、不遇の境遇をまったく感じさせない明るさと穏やかさをたたえていたこと、人生の岐路で教師によき道に導かれていたこと、つまり強運の持ち主であること、そしてカミュがいたからこそ、こうやって現代のアルジェリアから遠く離れた日本にいる私が、アルジェリアについて知ることができること、などなど、きっと、カミュという人は、アルジェリアとフランスの歴史を記録し伝える役割を与えられていた人なんだなと思いながら見ていました。これは映画の中でも教師との会話で語られます

ベルナール(教師):「アルジェリアの独立のために戦う若者を理解するのが君の義務だ、現代を生きることはむずかしい、我々の悲劇を書きたまえ」
ジャック(カミュ):書くと非難される
ベルナール:エッセイや新聞記事でなく小説を。小説の中にこそ真実がある。ロシアはトルストイやドストエフスキーの中にある」
ジャック「宿題のテーマをください」
ベルナール「自由、平等、博愛のフランス精神が、アルジェリアではいかに変わったか」
ジャック「難しい宿題だな」
ベルナール「君でも?」
ジャック「私だからです」

また本作では、子供のころにジャックにケンカをしかけたアラブ人少年ハムッドとのエピソードがはさまれるのですが、ここだけでも見る価値あります。

ある日学校でフランス入植者移民の子孫であるジャックに、アラブ人のハムッドが突然殴りかかります。これはまあ世界中のどこの小学校でもありそうな少年同士のケンカなのだけれど、先生の前でハムッドは堂々と「自分がやった」と名乗りをあげます。ただのいじわるではなく、アラブ人としての信念とプライドをもってフランス系の少年に鉄槌をふるった、という誇りがあるのです。この誇りがのちに悲劇を呼ぶのですが…。映画では、このエピソードからジャックのラジオ放送の場面につながります。ここはアメリオの創作部だそうです。

ここで監督は、現実のカミュのある発言を映画に取り込んだのです。
おそらくこの言葉こそカミュを表すもっとも重要な発言だととらえたアメリオ監督が、映画に入れたかったのだなあと思いました。

「私は正義を信じる。しかし正義より前に私の母を守るであろう」。

この発言は実際には、アルジェリアの独立闘争に沈黙してきたカミュが57年にノーベル平和賞を受賞した後、学生たちとの討論会の席上でした発言でした。

そしてこの後、母親との会話のシーンにつながるのですなあ。

カミュは1954年にこうも書いています
「人間は誰でも最初の人間であり、また誰も最初の人間ではない、それゆえ母親の足下に身を投げ出すのだ」

この映画は、「異邦人」とふたつで一つになるかもしれません。この映画のラストから小説の「異邦人」がはじまるという見方もできるのではないだろうか、と思ったのです。
(ぜひ、異邦人の書き出しを本屋さんでチェック(笑)!!)

「異邦人」は、母なるものへ身を投げ出すことをしなくなった人間がたどる末路を描いた小説なのかもしれないと思ったのです。

最初の人間1.jpg

ちなみに、私は「最初の人間」とは、私たち一人ひとりのことだと思いました。
きっと観た人一人一人がそれぞれ解釈されることと思います。

公開中
posted by マヤ at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャンニ・アメリオ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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