2006年03月19日

トラヴィアータ/1985・椿姫 LA TRAVIATA

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フランスの文豪A・デュマによる原作を、イタリアの大作曲家ジュゼッペ・ヴェルディがオペラ化。それを85年にフランコ・ゼッフィレッリが映画化したのが本作ですが、数あるオペラの中でなぜにこれを映像にしたのだろう?
短くて話がわかりやすいからなのか?

ともあれ、ああー、椿姫ってそーゆー話なの、そうだったのねー、ふむふむ、と初めて知った私のような初心者には、最高&最適の教材でした。

歌がどうとか、舞台と比べてどうとか、出演しているオペラ歌手の力量やら、その辺に関しては私は全然わかりません。唯一舞踏会のシーンで聴いたことがある曲が1曲あったっけな、程度。それでもこの映像が見事なことはわかります。撮影を担当したエンニオ・グァルニエリによる映像は本当に美しい。
テレサ・ストラタスは本当のオペラ歌手で女優ではないので「高級娼婦」としての美しさを出すためにこのようにぼかしたような映像になったのでしょうか。クリアではないけど、この映像がこの映画の優雅さを引き立てると思います。

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そして映画を見終わった後に、いろんな人のブログやら映画紹介の記事を読んで、男性がプラシド・ドミンゴだったことを知ったのでした。
えええええええええええっーーー、若い!そしてすっごいハンサム、今とぜっんぜん違うじゃん。
ああ、びっくりした。

でも、悲恋とはいってもですよ、自分に着せられた汚名は、彼女が生きているうちに一応晴れたのですから、救いはあるんじゃないかなんて思いました。童話の「人魚姫」のほうがもっと悲惨なラストだったよなあ。

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それにしても、「そんなことひどいーーーーわ♪」「君には失望した、騙された〜♪」という台詞というか歌、ふと冷静に日本語に置き換えると、どうしても吹き出してしまう私。ああ、やっぱりオペラ向いてないのかも。

椿姫について、詳細を知りたい方は、以下のサイトをご参照くださいませ。

『ラ・トラヴィアータ』参考サイト
http://homepage2.nifty.com/pietro/storia/verdi_traviata.html

ちなみに『椿姫』 2006年6月にhttp://t.pia.co.jp/news/met/la_traviata.jsp
NY.メトロポリタン歌劇場による来日公演があります。チケットはとんでもなく高いですし、(もう売り切れてるかもしれませんが)、もし行かれる方がいらっしゃるのなら、感想聞かせて下さい。

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トラヴィアータ/1985・椿姫 (1982)
監督:フランコ・ゼフィレッリ Franco Zeffirelli
原作:アレクサンドル・デュマ・フィス Alexandre Dumas Fils
脚本:フランコ・ゼフィレッリ Franco Zeffirelli
撮影:エンニオ・グァルニエリ Ennio Guarnieri
美術: フランコ・ゼフィレッリ Franco Zeffirelli
音楽: ジェイムズ・レヴァイン James Levine
演奏: メトロポリタン歌劇場管弦楽団
 
出演:テレサ・ストラタス Teresa Stratas
プラシド・ドミンゴ Placido Domingo
アラン・モック



2006年02月07日

フランコ・ゼッフィレッリ著 『ゼッフィレッリ自伝』

『ゼッフィレッリ自伝』

80歳を超えていまだ現役の舞台演出家であり、映画監督フランコ・ゼッフィレッリ。
メトロポリタン歌劇場のオペラ演出や、3年前の映画『永遠のマリア・カラス』など、その創作意欲は全く衰えていない。「健康で長生きする」ことはすごいことだ、とどうでもいいことに感心しつつ、本当に時間を忘れてこの自伝を読みました。幼少期からそのまま映画になりそうなドラマチックな人生を歩んでいて、どこを紐解いても面白いエピソードが満載です。

1923年フィレンツェに私生児として生まれたゼッフィレッリは、父方のいとこリーデおばさんに育てられる。彼は熱心な中絶反対論者だと自伝内でもはっきり言っているが、それは自らの出生ゆえ。もし、周囲から望まれない子どもがみな中絶されていたら、今の自分はこの世に存在しなかった、と。そして、私たちもフランコ・ゼッフィレッリという芸術家を知ることがなかっただろうし、彼によって生み出された芸術に触れることもなかったであろう。

とはいえ、実の母親は親族みな敵にまわし、孤立し、憔悴のうちに亡くなった。その後はリーデおばと彼女の恋人が、フランコ少年の実質の親代わりとなり愛情を注いて育てた。リーデおばは、ゼッフィレッリが演出家として自立しはじめた後は、ずっと同居し、彼の食事の面倒をみていたようだ(彼は生涯独身ですから)。彼はリーデおばさんの、おいしい手料理をちゃんと食べていたので長生きしたのじゃないかな。

さて、ファシズムの嵐、パルチザン闘争を経て、戦後は俳優をめざしながら、舞台美術の仕事をしていたゼッフィレッリ。そこでヴィスコンティと「運命の出会い」を果たす。

とにかく映画好きなら「ヴィスコンティ」の章を読むためだけに、この本を買う価値がありますよ!絶対に。

実はこの自伝の表紙の写真が「誰?このハンサムな人は!」という驚きで手にとった私。
最近の好々爺さんみたいなゼッフィレッリしか知らなかった私は、彼が若いときにこんなにハンサムだとは全く全く知らなかった。

それもそのはず、彼は演劇青年として俳優を目指していたのです。それも当時アメリカで影のある二枚目として人気があったモンゴメリー・クリフトに憧れていたらしい。
そんな夢をみつつ、友人たちと小さな劇団を作ってそこで演技をしながら、絵の才能をいかし舞台美術の仕事をしていたのです。

そして、ヴィスコンティにある日発見されたのでした。ヴィスコンティの舞台美術の仕事のアルバイトをしていたわけですが、うまいこと彼に「見出される」。
はっきりとはいわないけど、彼が美青年でヴィスコンティの好みだったから、のようです。


その後、演劇や映画の助監督として共同作業を開始する。プライベートでも同居。彼がお風呂に入っているその脇で、「一緒にデッサンをみたり、舞台美術を語ったりした」
なんてまあ・・・・・・

しかし、頭の先からつま先まで貴族のヴィスコンティは、変わってる人ですわ。
喜怒哀楽を一切見せない、支配的、ゼッフィレッリを見下していた態度。
私生活では、ゴージャスな室内装飾に囲まれ、比の打ち所のないファッションと特注の香水を身にまとう。「彼を思い出すとき、その香水を思い出す」なんて書いてあるんですから。
なんか、生々しいですね(笑)。
この自伝には他にもスターが沢山(女優ももちろん)出てきますけど、香りについて記述があるのは、ヴィスコンティだけですよ。

でも、ひたすら彼の言いなりになっていた青年が、だんだん自立しはじめるところから、関係が悪化しはじめます。愛憎絡み合う関係なんですねえ、男女の痴話げんかのようなかけひきが繰り広げられる。
『揺れる大地』の撮影裏話、これで興行的に失敗したヴィスコンティは演劇の世界にもどり、『夏の嵐』で久々に映画に戻る。この撮影中に「ある事件」がおこり、きっかけにゼッフィレッリはヴィスコンティと袂を分かち、独立するのです。

なんとゼッフィレッリは『夏の嵐』の撮影中、頭ごなしに自分を怒鳴りつけるヴィスコンティにブチ切れて、彼の頭をメガホンで何回も叩きつけるという行動に出ます。
しばらくの現場の張り付いた沈黙の後、ヴィスコンティは何事もなかったように、撮影に戻ったと。こういうことに感情的に反応しない、理性で抑えたのかどうか、どう対処していいのかわからなかったのか、理解不能ですけど、こういうところが貴族なんでしょうか?

ほかにも、以前引用したマリア・カラスのこと、大ヒットした映画『ロミオとジュリエット』、号泣映画『チャンプ』、失敗に終わった『ブラザー・サン・シスタームーン』、ヨーロッパで一大ブームを巻き起こしたテレビ映画『ナザレのイエス』などの制作裏話が次から次へと語られます。

なお、本文中に三箇所、唐突に日本についての記述が出てくるのですが、これは日本版だけに加筆されたものだそうです。
『ブラザーサンシスタームーン』は、欧米ではセンチメンタルすぎて、ベトナム戦争で荒れていた当時の世相に受け入れられなかった。だが、なぜか日本ではヒットしたらしい。
『永遠のマリア・カラス』もそうですよね。たしかにゼッフィレッリの作品は、ちょっと情感に訴える、悪くいうと演歌っぽいベタなところがあるような気がするので、なんとなく日本人の琴線に触れるんでしょうか?


今年のメトロポリンタン歌劇場公演、チケット高いけど行ってみようか、そんな気になりました。


フランコ・ゼッフィレッリ著 『ゼッフィレッリ自伝』東京創元社









2006年01月23日

永遠のマリア・カラス CALLAS FOREVER

永遠のマリアカラス CALLAS FOREVER
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今、フランコ・ゼッフィレッリの自伝を読んでおり、とにかく面白いので早くこの本を紹介したいのですが、その前にちょうどいいタイミングでTV放映されたので、2回目鑑賞。本来アメリカ映画として製作することで話が進行していたそうですが、そうすると、ジャクリーン・ケネディを出さないといけないので、ゴシップ裏話映画になってしまう。それを拒否するとヨーロッパで作るしかなかったとゼフィレッリは言っていましたね。

観客の熱狂的な支持を得た日本公演の出来がひどかったと、カラスが自分を責めるというエピソードから映画は始まる。これって外国人アーティストを盲目的に賞賛する日本人をパロってるのかな、と見ていてあまり気分がよくなかったのだけど、自らの最高の到達点を知るからこそ、現状のひどさに我慢がならなかった、天才の苦悩と孤独を表わすエピソードでもある。そして、それがそのままこの映画のテーマである。

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この映画はフィクションだ。この映画の私にとっての最大の謎というのは、カラスと親しかったゼッフィレッリが、どうして自分がみたマリアカラスをそのまま描くのではなく、このような話を「創作」したのかということです。
ゼッフィレッリはカラスを知りすぎているから、カラスがオナシスに利用され、無残に捨てられたという友人の屈辱の場面を描けなかったのかもしれない。
実際のところ、カラスはオナシスとの恋愛におぼれて芸術家としての日々の鍛錬を怠ってしまったことは事実です。というより、オナシスと結婚して声楽家としては引退するつもりだった。だからもう練習する必要などないと自分で見切りをつけていたようです。しかし、オナシスはジャクリーヌと結婚しました。カラスが我に返り、ふたたびオペラの世界に戻ろうと思ったときはすでに声が出なくなっていた。一度でなくなった声は二度と戻ることはありませんでした。(それにしてもあれだけの声楽家があんなにタバコをふかすのだろうか・・・)


この映画はフィクションではありますが、プロモーターがカラス主演の映画を作ろうとするというエピソードは、ゼッフィレッリが「トスカ」をマリア・カラス主演で映画化しようとして実現しなかった実話を元にしていると思われる。
私が、この映画にどうしても納得いかなかったのは、プロモーターという中途半端な設定にせず、映画監督にすればよかったのにということだ。
ジェレミー・アイアンズ=ゼッフィレッリですから、カミングアウト映画と言ってもいいのですかねえ。主役はカラスのはずなのに、妙にアイアンズのキャラクターが「たってる」。カラスが主人公とおもいきや、アイアンズからの視点になったりするので焦点がブレましたね。
残念でなりません。「カルメン」の演出なんてゴージャスでゼッフィレッリの真骨頂発揮だったので、なおさら残念です。

話を戻して「トスカ」の映画化の件ですが、そのときはカラスはまだオナシスとつきあっており、破局が近づいていた時期だった。その映画化にオナシスがお金を出すと約束したが、実際はほんのわずかの額しか出さず、カラスを一度その気にさせて、無残に捨てるギリシャの暴君そのものの仕打ちをして、カラスを捨てようとしていた時期だったようです。また、オナシスと別れた後、パリで隠遁生活を送っていたカラスに、ゼッフィレッリは何度か舞台への復帰を呼びかけたりしたのだが、たえず拒否されたことも事実。
本作は、もしそのときカラスがYESといってくれたなら、、、、という作品です。
実際のところカラスの世間一般のイメージは、全盛期の素晴らしいカラスや、映画に出てくるような誇り高いカラスというイメージよりも、恋にも破れ、歌姫としても盛りを過ぎて人間嫌いになって引きこもった孤独な女性というのが、世間の彼女に対するイメージだったのではないでしょうか。

そう、この映画は、そんなカラスではなく、偉大なカラスを後世に伝えるためにゼッフィレッリが執念で作った映画なのではないでしょうか?

ではなぜ、ゼッフィレッリがカラスをそれだけ敬ったのか。もちろん不世出のディーバであることはもちろんですが、
実は人間としてのカラスの素敵さを言いたいがために、ゼッフィレッリはこの映画をとったのだと思います。

それを示すエピソードが自伝に書かれています。ちょっと長いのですが、最後に引用します。

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1955年、ゼッフィレッリの演出で「イタリアのトルコ人」の舞台に立ったとき、ゼッフィレッリの父親が舞台を見に来た。
すでに車椅子で歩けない父親が息子の晴れ姿を見に来たのだ。

舞台終了後、父をマリアに引き合わせようと、私は客席から舞台までの骨の折れる道のりを彼の手を引いて歩き始めた。
私はマリアの元にいき、「お願いだ、マリア、父を連れてこなくちゃ。あなたに会いに来てるんだ」
「あなたのお父様が?歩けないんじゃなかったの?」
そういうと彼女は人々の群れを残して楽屋から飛び出した。舞台衣装のまま、美しい髪をなびかせて。
マリアは父がステッキにすがって立っている舞台に上がり父親のもとへやってきた。
マリアが伸ばした手に、父は身をかがめて口付けし、彼女を深く膝を折った。
「いらしていただいて、本当に嬉しいですわ」
彼女は父の腕をしっかりつかみ、歩行を助けながら言った。
「私たち、みな息子さんを愛してます。本当に才能があるんですもの、でもときどきとても忘れっぽいんです」
彼女が父を楽屋まで連れて行くには、20分間奮闘しなくてはならかった。
一足ごとに、マリアはこんな難しい息子を育ててきたのだから、あなたは本当に素晴らしい人に違いないと話しかけ、父は誇らしさに顔を紅潮させた。
私はゆっくりとふたりに連れ添い、彼女に深く感謝した。

その後マリアとケンカすることがあると、私はいつも引き下がり、何でも許すと彼女に言った。
「あなたの心を知っているからね」私はいつもいった。
「悪女のふりをしてるけど、決してそうじゃないことはわかってるんだ」


callasforeverpic.jpgカラスはど近眼。めがねをはずして舞台に立ってるときは何も見えていなかったが、極度のアガリ症のため、それが逆によかったという。







2005年11月19日

ブラザー・サン シスター・ムーン BROTHER SUN, SISTER MOON

ブラザー・サン シスター・ムーン (1972、121分) BROTHER SUN, SISTER MOON
伊・英合作/ミュージカル

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監督: フランコ・ゼフィレッリ Franco Zeffirelli
脚本: スーゾ・チェッキ・ダミーコ Suso Cecchi d'Amico 、ケネス・ロス Kenneth Ross
リナ・ウェルトミューラー Lina Wertmuller、フランコ・ゼフィレッリ Franco Zeffirelli
撮影: エンニオ・グァルニエリ Ennio Guarnieri
音楽: ドノヴァン Donovan 、 リズ・オルトラーニ Riz Ortolani
出演: グレアム・フォークナー Graham Faulkner フランチェスコ
ジュディ・バウカー Judi Bowker クララ
リー・ローソン Leigh Lawson ベルナルド
アレック・ギネス Alec Guinness 教皇 インノケンチウス3世


12世紀に生きたアッシジの聖フランチェスコの生涯をミュージカル化。
セリフは英語、主要キャストもイギリス人が占めている。
聖フランチェスコの映画は、ロベルト・ロッセリーニも『神の道化師フランチェスコ』
として映画化している。こっちも見たいけど新宿ツタヤにもない、DVD化希望。

フランコ・ゼフィレッリは、『永遠のマリアカラス』を監督しましたけど、どちらかといえば現代ではオペラの演出家として活躍中。来年日本に来るメトロポリタンオペラの演出も彼です。この人は初期ヴィスコンティ作品の助監督を務めていました。
『揺れる大地』でゼフィレッリと共に助監督を任されたのが、フランチェスコ・ロージ。
ロージがヴィスコンティのネオリアリズモ部分を受け継ぎ、ゼフィレッリが耽美主義といいますか、(&同性愛的趣向も?)そちら部分を受け継いでいます。ついでにオペラやシェイクスピア演劇の演出など舞台演出でも才能を発揮してる人です。

2人分の才能をすべて備えたヴィスコンティの偉大さに改めて脱帽です。

さて、本作は、今をときめく?スピリチャルカウンセラー江原啓之氏が感動し、
スピリチャルな活動を始めるきっかけになったという作品です。江原ファンはチェックしてもよいのではないでしょうか。

塩野七生氏の著作『ルネサンスとは何であったのか』によると
フランチェスコがルネサンス時代の先駆けのような存在であったと書かれています。

また彼の詩篇、「太陽の歌」はイタリア最初の国民文学と言われています。
どんな歌が知りたい方は「太陽の歌」で検索してみてください。いろんなHPで紹介されています。

本作はキリスト教になじみの薄い日本人でも素直に感動できる青春映画ではないでしょうか。
紀元前後に生きたイエス・キリストの生涯は謎めいていますが、12世紀に清貧をモットーに修道僧として人びとから尊敬を集めたフランチェスコの足跡は明らかで、彼の苦悩は現代の私たちにも通じるものがあります。小鳥に説教をし、自然を愛したフランチェスコ。
私から見ると、ブッダの生涯にも重なるところがあります。
裕福な家に生まれたこと。若い時期は放蕩息子だったこと。戦争に行って(シッダルダ王子は行ってないか)重い怪我を負い、精神的な変革を迎えること。神の啓示を受けるという決定的な瞬間を機に、信仰の生活へ入ること。その変化が突然なこと。
またそのことで両親と(特に父親と)激しく対立し、家族を悲しませること。
両親との相克はいつの時代の若者が見ても心を揺さぶられる場面です。
多くの人の心を救う偉人が、なぜか家族とは縁が薄いのはどうしてだろう?

決定的に違う点ももちろんあります。フランチェスコは、キリストが十字架に掛けれた箇所から血がにじむという聖痕が体に出たといわれていますが、そんなことは仏教では聞かないですよねえ。(このシーンは映画にはありません)

また非常に興味深いのは聖クララ(キアラ)の存在。フランチェスコの後を追うように信仰の道を18歳の若さで選ぶのですが、まさしく聖女のような(見た目も天使のような)彼女がフランチェスコのそばにいつも寄り添っています。
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あっ、フラワーチルドレンだ!!

ランチェスコが素っ裸になるシーンが必要以上に多いのは、70年代ヒッピー文化の影響か、監督の趣味か、ま、両方でしょうが(笑)気になったといえば、気になりました。



"For Brother Sun who gives us warmth; to Thee, O Lord we give thanks...for Sister Moon who lights our night; to Thee, O Lord we give thanks"

-St. Francis of Assisi


私はいつかアッシジに行てみたいです。


【参考ブログ】TBもしていただいたのですが、ちゃんとご紹介!
■Tant Pis!Tant Mieux!そりゃよござんした。
 フランチェスコの「平和の祈り」「太陽の歌(賛歌)」が掲載されています。関連サイトの紹介もあり
http://malicieuse.exblog.jp/3569428

■Le Deus ex machina
聖フランチェスコを描いた画家ジョットについての詳細な解説、勉強になります
http://blogs.yahoo.co.jp/eco_e_14/11878775.html



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