2007年03月23日

イタリア映画祭 なつかし写真館

これは、2004年のイタリア映画祭での1ショット

ピンボケですみませんー

ルイジ・ロカーショです

4903.JPG

『輝ける青春』と『夜よ、こんにちは』がこのとき上映されたルイジ出演作でした。

posted by マヤ at 23:27| Comment(2) | TrackBack(1) | ルイジ・ロカーショ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

ルイジ・ロカーショ Luigi Lo Cascio

ルイジ.jpgルイジ・ロカーショ Luigi Lo Cascio

1967年10月20日パレルモ生まれ。
大学で精神科医になるべく医学を学んでいたが、在学中から演劇に目覚める。
パレルモで街頭演劇集団(a group of street actors)の一員として活動。
1989年にゴトーを待ちながらに端役で出演。カンパニーとともにイタリアを巡業した。
ついに大学を中退。ローマに行き
"Silvio D'Amico" Academy of Dramatic Arts. に入学。
舞台で重要な役を演じる機会が徐々に増え、2000年映画「Cento passi, I (2000)」で主役を演じる。
これは彼の叔父 Luigi Maria Burruano(「輝ける青春」では父親役で出演)の推薦もあった。
この演技でthe David di Donatello 賞主演男優賞を受賞。
その後『ペッピーノの百歩』でも好演し、『輝ける青春』へ出演。

とりびあ 彼は4人兄弟らしい・・・・(だからなんなんだ)

(以上Imdbより)

locascio2.jpgこれは『僕の瞳の光』でヴェネツィア映画祭主演男優賞を受賞したときの写真


2004年イタリア映画祭で来日。『輝ける青春』上映前に舞台上に現れて「終わったらまた来ますから帰らないで(笑)」と言いながらなんだかフラフラしていたロカーショ。
どうやら前日お酒を飲んでまだそれが抜けていたなかった模様。
そして6時間後、彼が舞台に現れた時の感動は。だって6時間ずっとスクリーンに移っていたニコラが目の前にいるのだから。
会場からは大きな拍手が。もちろん私も。

そしてその後に階下でサイン会。机もなく、椅子もない中、ルイジは立ってサインと握手をみんなにしてくれた。
いや、細い。そして小柄。日本人の中に混じって歩いていてもぜんぜん気がつかないな、と正直思った。
そこがいいんですけど。
でもしゃべるとイタリア語だし、おしゃべり。
こういうときだけ「ああイタリア語が話せたらな」と思うんだけど、サインして握手してもらって「ぐらっちぇ」というのが精一杯。
いや素晴らしい映画でした、感激しました。って言いたかったな。日本語でもなんでも言えばよかったな。

パンフに収録されている彼のインタビューを読むと、ルイジは遠まわしな表現ながら身体的なコンプレックスをもっていたことを語っていますね。
「僕は14歳から30歳の間の写真がない。自分に関心がなかったとも言えるし、自分に魅力があると思えなかったともいえる。」彼が舞台での演技にのめりこんだのも「相手の視線が僕の演技上の個性に向けられると思っていたから。ところが映画では、どんな目をしてどんな顔をしているか、というのがとても重要なんだ。舞台でなら、その気になれば美男も醜男も老人も若者もできる。映画ではそう簡単にはいかない。自分の実際の容姿から出発することになる。その証があまりに直接的に現れる。(略)僕はこの仮面、僕の顔という仮面が何らかの意味をもつものだとは思えなかった」(2004イタリア映画祭公式パンフより)

なるほど。でもそんなルイジは、ジョルダーナ監督から
「素晴らしい感受性に恵まれ、不快教養をもった俳優で、ほかの多くの俳優と異なります。彼は員手レクチャるです。哲学者や医者になるために勉強したのですが、俳優の道を選んだのです。自分の仕事の中に、理論家として、研究者としての自覚を導入しました。(略)私が見たところ、ある種のイタリア人の中にあるきわめて大きな資質をそのまま肉体化していて、それは確かに生命力であり、好奇心であり、何かを成し遂げようとする意思なのです。」
と称賛されてます。


2004来日時の様子
http://www.magazine.co.jp/culture/backstagestory/guest07/index.jsp
ルイジのイタリア語のファンページ(のようだ)→イタリア語できる方、訳してください
http://luigilocascio.20m.com/


366_2.jpgこのくしゃくしゃ笑顔が魅力。
角度によって草刈正雄に似てなくもなくもない。。。(草刈正雄より小さいけど)

posted by マヤ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(1) | ルイジ・ロカーショ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

ペッピーノの百歩 原題:I cento passi

ペッピーノDVD.jpg
マルコ・トゥーリオ・ジョルダーナ監督(2000年)

[あらすじ]
1978年、30歳の若さでマフィアに殺害された実在の人物ジュゼッペ・インパスタート(通称ペッピーノ)の生涯を描く。マフィアが支配するシチリアの街チニシに生まれたペッピーノは、ペッピーノは、マフィアを糾弾する新聞を発行し、ラジオ局も開設、マフィアを糾弾し始める。

[レビュー]
主演は本作が映画初主演のルイジ・ロカーショである。この監督&主演コンビは本作の後『輝ける青春』(7月9日より岩波ホールで公開)でも一緒に仕事をしている。
監督は、ルイジ・ロカーショの魅力について「人間の明るい側面、物事を肯定する心、良心が存在からにじみ出る」ところだと語っている。






ペッピーノ.jpg

この映画といい、『輝ける青春』といい、ジョルダーナ監督はアメリカ映画の影響を多分に受けている監督ではないかと思われる。なぜなら映画で流れる重要な音楽が、イタリアの曲でなく、アメリカンポップスだからだ。本作ではアニマルズの「朝日のあたる家」(全米ヒットしたのは64年)である。「輝ける青春」にも使っていたからよっぽど思い入れがあるのだろう。この時代のアメリカ以外の国の若者が、アメリカの影響をいかに受けていたかを示すことはもちろん、世界中の観客に、「同時代性」の感覚を呼び起こすことになる。それほどアメリカ文化の影響というのは絶大であったのだ。これは私たち日本人も十分理解できることではないか。

地方の共同体では、親族のつながりや隣近所との関係が密着しているのは当然なのだが、シチリアの場合、そのつながりにマフィアが絡んでいる。その絡み方が、たとえば青い毛糸の束に黄色の毛糸が編みこんであるなら、ほどいて分けることができるだろうが、その色が絵の具の色を混ぜたように混ざってしまって違う色になっていたら、もともとどんな色が何色混ぜられたのかつきとめようにもつきとめられない。どうもそんな状況のように私は思った。

ペッピーノがマフィア撲滅を訴えることは、自分の色も混ざっている絵の具の配合を突き止めようとする試みであり、周りまわって、自分の父親や母親、親族、そして自身を死に追いやってしまうことになる。彼はおそらく自分はマフィアに近く、誰がマフィアかも知っているから、逆に大丈夫であろうと思っていたのではないかと思われるのだが、結局はそんな甘いものでなかったことは映画のとおりである。

ただ、何が彼をここまでかりたてたのか、が映画だけではわからない。イタリア人ならわかるかもしれないが、私はわからなかった。

いずれ別の機会に書きたいと思っているが、イタリアの70年代は激動の時代だった。
もしかしてそれと関連しているかもしれない。

ジョルダーナ監督の映画の終わらせ方は、ある意味ハッピーエンドだが、かなりアメリカ映画的なハッピーエンディングであると思った。

★★★
posted by マヤ at 11:36| Comment(11) | TrackBack(8) | ルイジ・ロカーショ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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