2008年03月13日

塩野七生『イタリア遺聞』


遺聞という言葉は辞書にはありますが、いまでは、ほとんどつかわれない言葉ではないでしょうか?

ローマ字入力で「いぶん」と入れても「遺文」と「異聞」にしか変換されません。


「遺聞」・・・世間に知られていない珍しい事柄・話。


歴史の教科書には載らないが、何百年も昔の人をつい現代の誰かさんにたとえてふっとほくそ笑むようなそんなエピソードが詰まっています。

塩野さんのエッセイの中ではおそらくこの本が私は一番好きです。

うーん、この中からお気に入りを選ぶとすると、

わたしは「オデュッセイア異聞」をあげましょう。

オデュセイアは朝帰りするはめになった恐妻型亭主の、壮大なうその物語として読まなければいけません・・・・

以前、テレビドラマでこのオデュセイアをみたとき、なんだか不思議な話だと思ったことを思い出しました。


ふつう、トロイの木馬で勝利してバンザーイで終わるじゃないですか?

が、そこからが長かった(笑)

最初のうちは一寸法師や金太郎の鬼退治みたいな話かいなと思って見ていました。それにここまででもじゅうぶん面白いし。

でも、鬼退治はひとりの鬼を倒してめでたしめでたしなんだけど、
オデュセイアは次から次への手をかえ品を買えいろんな誘惑や危険に襲われるのです。

しかも、カリプソだっけか?

女しかいない楽園で、その島の女主人に気に入られて子種をせがまれるという話をみるにつけ、


「なんじゃこりゃ!!!!!!!!」

と、あっけにとられ、大きな魚に飲まれそうな話のときは、へえーピノキオの原型?なんてまあのんきに見ていたのですが。


それもこれも、戦争が終わってから10年も寄り道してさんざん楽しい思いして、それを妻に言い訳するホラ話だと思えば、

なんて含蓄のある見事なお話。

地中海男って、こんな口だけ悪賢い男なのぉ〜。(でもなぜかいたく感心して、かつ納得)

だから私はブラピの「トロイ」を見たときに、オデュセイアが気になって、ああ「こっから後がおもろいのにさ」とひとりごちたわけでした。

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2008年03月03日

塩野七生著『サイレント・マイノリティ』




イージス艦と漁船の衝突事故のニュースを見ながら、日本の自衛隊は災害において大変素晴らしい活動をしているのに、それについては全くといっていいほど称賛されることがなく、むしろいつも批判ばかりされているなんて、もしこれをを人間にたとえたら性格がひねくれるよとか余計な心配をしてしまうのであります。

まあ、12分前に漁船を確認していながら、その間何もやっていないんじゃ、批判されるのも当然だけど。

と、こんなことから書き始めたのは『サイレント・マイノリティ』のなかの「城下町と城中町」を読んだからです。

私はいまだかつて日本人の軍隊アレルギーの理由をこれほどまでに見事に言い当てた文章を読んだことがありません

つまり、日本には西洋的な意味での騎士はいまだかつて存在していなかったのだという指摘です。

主君の命令に背いてハラキリをしたサムライはいても、民のために戦って命を落としたサムライはひとりもいなかった。つまり、サムライは日本の歴史上、一度として民を守ったことなどなかったのではないだろうか。

だから日本人は腹の底からは軍隊など信用していないのだと。

まさに目からウロコとはこのことです。

第2次大戦が祖国防衛の戦いだったのなら、どうして敗戦が決まったとき多くの日本人が「やっと終わった」と思ったのでしょうか。そして占領軍をまるで解放軍のごとく迎えたのでしょうか。(もちろん全員がそうだったとはいいません)

軍隊は国民を守るためにあるものですが、その軍隊にどうして日本人はこれほどまでに用心深く疑心暗鬼なのか。


ヨーロッパの町は壁に囲まれている。
でも日本のお堀は城を囲んでいるだけです。


そこからこの考察は始まるのですが、短い文章なのに10倍いやそれ以上を考えさせてくれると思いました。
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2007年05月06日

ローマ人の物語Y パクス・ロマーナ

ハードカバーはやっぱり重いよー
読書は移動中がメインの私はやはり文庫派。とはいえ、古本屋で見つけたら順不同で購入して飛ばし読みしているので、

実は、このYは先にZを途中まで読んで戻ってます。

しかも図書館からかりました。

ティベリウスとカリグラがおもろかったから、その前のアウグストゥスが読みたくなったんです。
んで、これが面白かったから、これからカエサルを読みます。

Yは紀元前29年から紀元後14年までの1冊アウグストゥス業績本。

私の目がとまったのは、少年団=ユヴェントゥス(ラテン語)のくだり。

ローマ時代のユヴェントゥスは肉体の鍛錬とチームワークの習得を目標に掲げた9歳から17歳までの少年たちを集めた団体組織。
活動は午前中の授業を終えた後、各少年団がもつ体育館や競技場でチームワークの習得と肉体の鍛錬に励み、年1回は全国規模の体育祭で、競い合ったという。

ちなみに、ユヴェントゥスの運営は民間のスポンサー制度を導入したというから、現在のサッカーチーム運営のはしりみたいなもんですね。

これを悪くゆがめた形にして現代に再生したのがナチスドイツのヒトラーユーゲントだそうです。


ほかには豊かになったローマ帝国で深刻な問題になった少子化問題をアウグストゥスがどのように解決したかも興味深々で読みました。うーん、これは現代に実施されると厳しいなあ。。。





文庫版はこの3冊が該当











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2007年03月26日

塩野七生さん講演会 in イタリア文化会館

昨年『ローマ人の物語』全15巻を上梓し、しばし筆を擱かれている(本人曰く無気力状態だそう)塩野七生さんの特別講演会に行ってきました。

書き下ろしで1年に1冊ペースで刊行し、それを無事続けることができたのも読者のみなさんのおかげですということで、その感謝の気持ちを今年1年かけてこのような場をもうけて読者と対話して伝えていかれるそうです。

その記念すべき第1回めでした〜。

夜になってふつふつと沸き起こってきた気持ち。それは「なんてレベルの高い対話だったのだろう、そして聴衆の皆さまだったのだろう」という感動です。
年齢層もかなり高かったでございますが、久々に内容のある講演を
拝聴できて大満足でした。

後半は聴衆からの質問に塩野さんが答えるという形で進みました。紙に書いた質問を司会者が上手に選んでいたのもうまくいった理由のひとつだと思いましたが(挙手だとへんてこな質問が多い)


・一神教の世界が多神教の時代に戻ることがあるのでしょうか

なんていう質問に塩野さんが真摯に答えてくださいました。


西欧社会でペルシャまで勢力を拡大しそれに成功したのは、現在にいたるまでアレキサンダーただひとり。と塩野さんが言い切ったときに、ふとオリバー・ストーンの『アレキサンダー』という映画が浮かんだ私。

この映画、アメリカでは評判悪かったのですが、実はヨーロッパではかなり評価されていたそうです。反面、今アメリカで大ヒット中の『300』がイランの人々をなぜ怒らせているのか、おそらく『アレキサンダー』と『300』を2本見比べればよくわかるのではないかと思いますが、まあこれ以上は触れません。


まー小難しい話はおいといて
塩野さん、まだ「女」の匂いがするところが素敵だわと思いました。胸元評論家の私から言わせていただくと、日本であのご年齢であんなに大胆に胸元をあける女性は、女優でもみたことありません。

その塩野さん曰く、イタリアで一番美しいのはミラノのマダムだそうです。
若いときはTシャツとジーンズでいいけれど、ある年齢になったら
仕立てのよいものを着ること。それを可能にする経済力も大事。
もちろん光りものの石も欠かせません。
それを体現するのがミラノのマダムなんだそーだ。

塩野さんも遠くからライトを浴びてキラキラ輝くイヤリングかピアス?をしっかりつけていました。

女だなー。

でも、イタリアでは鰹節からだしをとって料理されているそうです(笑)




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2007年01月30日

塩野七生『愛の年代記』

全9話からなる歴史上のイタリア女たちのエピソード集。
したたかで、情熱的で、恐ろしくて、冷ややかで、気位が高く、愛らしく、そして悲しく、気高く、愛に生きた女性たちの話です。

一番最初、「大公妃ビアンカ・カペッロの回想録」ですが、カペッロって名前を聞くとどうしても現レアル・マドリードの監督の顔が浮かんできてしょうがない私です。
この女性の夫、メディチ家のフランチェスコというのは、映画『フランチェスコ』で描かれたフランチェスコのことかなあ。映画を未見なので、ぜひ見たいと思っています。


そのほか、16世紀地中海沿岸の住民から悪魔のように恐れられていたトルコ人の海賊ウルグ・アリとビアンカリエリ伯爵夫人の淡い恋物語も歴史ロマンを感じさせてくれるお話でした。
ウルグ・アリは、実はカラーブリア地方の小さな漁村カステッラに生まれたイタリア人で、子供の頃、カステッラの港がトルコ人の海賊に襲われ、トルコ海賊の捕虜にされてコンスタンティノープルに連れて行かれて、そこで成長したのである。イタリア人でありながらトルコ連合艦隊の総司令官にまで上り詰めた男、なんてドラマチックで読んでいて楽しいですね。

あと、私がかなり身を乗り出して読みましたお話はですね、
15世紀の初頭、ヴェネツィアの南に位置するフェラーラ当主ニコロ3世のもとに嫁いできた15歳のパリシーナ公爵夫人のお話です。
ニコロは再婚で20歳も年上の35歳。パリシーナはまだ15歳だった。(この当時はこの年齢で結婚するのは普通)ニコロは前妻との間に3人の息子がいて、その長男のウーゴは14歳。
そう、パリシーナはいつのまにか義理の息子を愛するようになってしまったのである。
・・・・・・・うわっ、なんだか、どこかで見聞きしたような話(゜o゜)・・・・・・・・

それを知ったニコロは、この二人をどうしたと思いますか?

ああ、書きたい、けど書きませんよーだ。


さまざまなエピソードを「えー、こんなことあったの?うっそー、かわいそう、残酷〜、本当?!」などと読みながら、最後の最後にちゃんと「オチ」が用意してあるんですよ。
それも読んでのお楽しみ。

そう、この本は歴史本ではなかった。歴史を“愉しむ”本なのでした。

文庫版



こちらはハードカバーね






posted by マヤ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 塩野七生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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